癌予防薬が癌の原因になる時

現時点で癌予防のエビデンスが最も多いのはアスピリンです。次がメトホルミンで(⇒ASAMET)、ビタミンDが続きます。2017年米国癌学会(AACR)は、13万人の調査から「アスピリンは様々な癌と動脈硬化を予防し、最終的に全死亡リスクを女性で7%、男性で11%減少させる」と結論しました。



高齢者は癌予防薬(アスピリン)で癌が進行する可能性がある。
但し米国予防医学会(USPSTF)は2015年に「60歳以上の方は出血リスクが高いのでアスピリンを推奨しない。」と結論しており「高齢の方は利益と不利益がどちらが大きいか?」が懸案となっていました。
最近、この懸案を調べた報告がいくつかありました。結論は以下の通りです
(1)70歳以上では有害。癌の頻度は不変だが癌が進行する傾向がある(2021年 全文
(2)70歳前に開始した場合は70最後も継続しても有益。70歳後に開始した場合は無益(2021年
(3)高齢者の膀胱癌・乳癌には有益だが他の癌には無益(2021年

 感染症と違い人体の恒常性の乱れから発症する成人病や癌では「天使が悪魔に生まれ変わる」現象が稀ではありません。今まで「栄養豊富な食事が癌の原因」「免疫が癌の原因」「乳酸菌が癌の原因」「ストレスが癌を予防する」という話を紹介しました。「癌予防薬も癌を促進する」という2面性があった訳です。

なぜ高齢者はアスピリンが効果が無いか?
考えられる可能性は(1)アスピリンは免疫を抑えて癌を予防しますが高齢者は既に免疫が低下している(2)アスピリンはSSAP型(BRAF変異)には効果が小さい(これには反論多し)、高齢者はSSAP型が多い(3)アスピリンはHNPCCなど癌体質の方に著効するが70歳以上の方はそもそも癌体質の方は少数・・・などです。

アスピリンもメトホルミンも「なぜ癌を予防するのか?」は未解明
ともに「長期に服用した方は癌が少ない」という観察から予防効果が解った訳ですが、その機序は完全に解明された訳ではありません(2020年Review)。

あくまでも予測なのですが・・・
(1)慢性炎症のある方(例:慢性胃炎、慢性肝炎、逆流性食道炎、胆石、慢性膵炎、炎症性腸疾患、慢性気管支炎、慢性膀胱炎、慢性前立腺炎、リウマチなど膠原病の方)はアスピリンの癌予防効果が高い
(2)血小板機能が亢進している方(脳梗塞、心筋梗塞、動脈硬化の方)はアスピリンの癌予防効果が高い
(3)メタボリック症候群の方は両方の要素があるのでアスピリンの癌予防効果が非常に高い
と思われます。

では「70歳以上のメタボの方では有益か無益か?」というと、これは解りません。今後はこのようなサブグループ解析が行われるはずですが、今はエビデンスはありません。
メトホルミンも「2面性」がある
メトホルミンはBRAF変異・癌を逆に促進するという報告があります。状況によりSSAP型大腸癌(=BRAF変異)は逆に進行する可能性がある訳です。

「末端肥大症(巨人症)の方はメトホルミンの癌予防効果が高い」という注目すべき報告がありました。
高身長の方は大腸癌のリスクが高いことが定説ですが、これは成長因子(IGF)が高いからです。メトホルミンは、ここ(IGF/mTOR系)を抑えますから効果が高い訳です。
逆に言うなら・・低身長の方、痩せている方は不利益が大きいと予測される訳です。高齢者も、成長因子(IGF)が低下するので、メトホルミンの効果は無い可能性があります。

ビタミンDも「2面性」がある
20年前から、ビタミンDに癌予防効果があるという報告が多数有りました。
しかし効果は無いという2006年NEJMの報告2016年NEJMの報告、更に「SSAP型ポリープを増加させる」という比較試験の報告が出ました(2018年Review)。

ビタミンDの癌予防機序は「WNT系を抑えるから」という説が有力なので、この逆説は説明可能です。

「日光に当たらないビタミンD欠乏気味の人は補充した方が癌予防によい」という報告があります。しかし欠乏していない人が補充することは有益か?は疑問です。ビタミンDは、ビタミン(栄養素)ではなくステロイドホルモンだからです。
 補足 分子標的薬にも2面性がある
RAF阻害剤は、悪性黒色腫、肺癌、大腸癌など多くの癌に有効な分子標的薬です。SSAPや過形成ポリープはRAFの異常で発生します。癌の治療のためにRAF阻害剤を投与された患者さんは、大腸のSSAPや過形成ポリープが消えてしまうだろう・・・多くの専門家が、そう予想しました。しかし、結果は逆でした。RAF阻害剤投与により大腸内に過形成ポリープ・SSAPが増加するというParadoxicalな現象が報告されたのです(2015年論文 2017年論文 )

腺腫型とSSAP型
おぼろげながらですが重要な事実が浮かび上がってきました。同じ大腸ポリープでも腺腫型とSSAP型では「予防薬の効果が異なる」現象がアスピリン、メトホルミン、ビタミンDで指摘されたという事実です。これは非常に由々しき問題です。予防薬を飲むメリットのある方=大腸癌ハイリスクの方は、大抵の場合、腺腫とSSAPの両方が多発するからです(これはゲノム不安定性が根底にあるためです)。
同じ大腸ポリープなのに性質が逆なのはなぜでしょう?その鍵はWNTにあることまで解りました(興味深い仮説)が、解決策は研究の進歩を待つしかありません・・・。

夢の予防薬は無い・・
アスピリンの抗腫瘍効果が最初に報告されたのは1972年です。それ以降、アスピリンは「癌予防効果が医学史上、最も多く研究された薬」となりましたが、まだブラックボックスがある訳です。培養細胞の実験だけで効果を謳う市販のサプリメントを服用することが、いかに無謀かが解ります。

前回の「乳酸菌が癌の原因」という話は別に驚く話ではありません。乳酸菌は「癌を予防するために神が作ってくれた」訳ではないのですから。そしてアスピリンもメトホルミンもビタミンDも「万人に有益な夢の予防薬」ではなかった。神は甘くはなかった訳です。

しかし重要な傾向は見えてきました。(1)高齢か?(2)慢性炎症があるか?(3)動脈硬化症か?(4)肥満か?(5)高身長か?(6)日光に当たらない生活か?、などを考慮して「自分に何が足りないか、過剰か」を判断することが「最善の予防薬を選ぶ」手段と思われます。