「免疫・炎症」の観点から大腸癌予防を考える・・・炎症を抑え免疫を抑制するアスピリンが大腸癌を予防するのはなぜか?実は「大腸癌と免疫」の問題には多くのパラドックスがあります。

   

免疫が癌細胞を殺す。しかし・・・・免疫が癌を作る
「ナチュラルキラー(NK)細胞を活性化して癌への免疫を高めます」と謳うサプリが多くあります。そのようなサプリは癌で闘病中の方には非常に有益です。しかし健康な人が毎日、服用すれば、確実に癌は増えるでしょう。免疫こそが癌の最大原因だからです!「タバコによる肺の発癌が免疫抑制剤で防止できる」という報告さえ、あります。タバコの発癌物質よりも煙による炎症反応が危険な訳です。「なぜ人は癌になるのか?」それは「人類が感染症に勝った代償である」という見解があります(下図 2020年Review)。2021年、Nature誌は「免疫(炎症)を抑えて癌を予防する時代が来た!」という記事を出しました。より強く「免疫のダーク・サイド」と断言する2021年の記事もあります。


老化は免疫を誘起する 
前の記事で「ポリープ(前癌状態)とは老化状態である」という「現在の定説」を紹介しました。「細胞老化」とは「細胞分裂を永遠に止めることで癌を予防する防衛手段」です。この老化細胞は自ら免疫系を活性化する因子(SASP)を分泌します。SASPは癌化を予防する重要な監視装置です。


老化免疫は「諸刃の剣」
「細胞老化」は癌を予防する防衛手段ですが、問題は老化細胞は不死化している点です。老化細胞が長期にSASPを分泌し続けると・・・慢性炎症は組織の損傷を起こします。これこそが「老化の本質」であり、ひいては発癌の原因です。つまり免疫・炎症は諸刃の剣であり、ここが話を複雑にしています。アスピリンなどの抗炎症薬は、このSASPの作用を抑えて炎症を抑え癌を予防する訳です。



免疫には癌を抑える「善玉・免疫」と癌を促進する「悪玉・免疫」の両面がある訳ですがこれは区別できるのでしょうか?

まず「特異的な免疫は癌を予防するが非特異的な免疫(炎症)は癌を促進する」という意見があります(文献
免疫システムは下図のように二段になっています。特異的免疫は癌の特異的抗原を狙う「ピンポイント爆撃」ですが、自然免疫(炎症反応)は、言わば「銃の無差別乱射」ですから、味方を撃つ危険があり、有害になる、という考えです。しかし第2弾攻撃には第一弾が必須で、両者を分離することはできません。また癌免疫の主役=NK細胞は第一弾です。


そして最近は「免疫の持続期間」を重視する考えが主流です(2021年の記事)。
免疫の攻撃も長期に続くと変異した腫瘍細胞が適応して逆に自分に有利に利用するようになり(腫瘍進化)、腫瘍は自分に有利な免疫細胞だけを周囲に集めるという考えです(腫瘍と間質の共進化=Tumor microenvironment :TME)。
これは前回、紹介した「短期的なストレスは癌を予防するが、長期的なストレスは癌を促進する」という現象と共通であり「癌の本質(適応能力)」を表していると言えます。



悪魔は天使の生まれ変わり 癌遺伝子(悪魔)は細胞分裂に必要な遺伝子(天使)が過剰に活性化しているだけです。免疫栄養アドレナリン(ストレス反応)も、本来は人体に必要な天使ですが過剰になると悪魔=癌の原因になる訳です。『過ぎたるは猶及ばざるが如し』が癌予防の真理と言えます。


「腫瘍とは永遠に治らない創である」 2017年文献より。癌遺伝子の異常が起きた細胞はSASP因子を分泌して炎症を誘起します(Tumor microenvironment ;TME)。これは創傷治癒と本質的に同じプロセスですが、腫瘍細胞は自己増殖しますから、正常な傷の治癒と異なり完結(傷の完治)することは無く炎症が恒久化する訳です。



では本題「アスピリンは免疫を抑制して発癌を促進する危険は無いのか?」に入ります。アスピリンを大腸癌予防に使うべきか否かについて長い議論があったのも、この可能性が危惧されたからです。

アスピリンは大腸癌以外に乳癌、前立腺癌、肺癌、膵臓癌を予防します(資料)。これらは「栄養過剰と関係が深い先進国型の癌」です。炎症が起こるのは感染が原因ではなく肥満が原因です(⇒栄養過剰と大腸癌)から、アスピリンの予防効果は、まあ納得できます。


一方、癌の中には病原体の感染が原因のものもあります。胃癌(ピロリ菌)、肝臓癌(肝炎ウイルス)、子宮頸癌(HPVウイルス)、咽頭癌(EB・HPVウイルス)などで、栄養不足などの悪い衛生状態が原因となる「開発途上国型の癌」です。更に最近の研究から膵癌肝癌膀胱癌肺癌など「全ての上皮の癌は細菌により進行する」と考えられてきています。アスピリンはこれらの癌へ効果はどうでしょう?免疫を抑え、感染を増悪させ発癌を促進しいないのでしょうか?

アスピリンの子宮頸癌(HPVウイルス)予防効果
予防効果は無いという報告が多い(Review)のですが、「半分に減少した」という報告もあり。

アスピリンの肝臓癌(肝炎ウイルス)予防効果
250万人を調べたメタ解析で「著明な(半分)予防効果」が確認された(2019年Review)。2020年NEJM誌にも「肝臓癌を著明に予防する」と報告。

アスピリンの咽頭癌予防効果
「25%減少」の2006年の報告あり。しかし2018年のReviewでは「効果は認められない」でした。

アスピリンの胃癌(ピロリ菌)予防効果
他臓器では炎症を抑えるアスピリンは胃の粘膜には逆に「慢性的な炎症」を起こします。ですから、理論的にアスピリンは胃癌を促進する可能性があります。しかし、実際は多くの報告()が「アスピリンは胃癌を予防する」と結論しています。「著明に(50%)減少」という2019年報告や,「効果は10〜20%の減少」という2019年Reviewがあります。

アスピリンのCMS1型(MSI陽性)大腸癌予防効果
CMS1(=MSI陽性)大腸癌は抗原性が強く、免疫による排除が起き易く、免疫賦活剤(免疫チェックポイント阻害剤など)が著効します(詳しく)。アスピリンは炎症を抑え、免疫を弱める方向に働きますから「CMS1大腸癌」には、理論的に効果が無い可能性が考えられます。


しかし実際にはHNPCC(遺伝性大腸癌)の方への臨床試験から「アスピリンはCMS1型大腸癌を著明に予防する」ことが報告されています

以上からアスピリンが免疫を抑え、感染を増悪させ発癌を促進する可能性は否定されたと言えます。

アスピリンもメトホルミンも本来は「」!
人類の進化の過程では「腫瘍よりも感染が大きな脅威」でしたから「免疫は強ければ強いほど良かった」訳です。しかし現代では「感染よりも癌が大きな脅威」ですから、「過剰な免疫を、ほどよく抑える」ことが有益な訳です。アスピリンは低用量(1日100mg)がちょうどいいと思います。アスピリンを大量に服用すれば免疫が強く抑えられますから、逆に癌は増加すると思います(私見です)。抗生物質のように「2倍服用すれば、効果も2倍になる」ことは無いでしょう。
これは「人工的に栄養不良状態を作る」メトホルミンでも言えると思います。「癌よりも感染症や飢餓が大きな脅威である」後進国の人たちにはアスピリンもメトホルミンも毒物でしかありません

そして先進国の人でも体質により「ASAMETが非常に有益な人、逆に有害な人」がいるはずです。これが現時点の重要課題です。次々回は、この問題を取り上げます。
 結論
(1)癌と免疫の問題は複雑で未解決のパラドックス(諸刃の剣)が多い。免疫を活性化する薬剤を連日、服用すれば癌を増悪させる可能性が高い。
(2)だから薬剤の癌予防の効果は「人への投与(臨床試験)」でないと解らない
(3)培養細胞の実験だけで「免疫細胞を強化した!」と謳うサプリメントはあるが、癌を予防するエビデンスは不十分であり推奨できない
(4)低用量アスピリンは免疫(炎症)を抑制するが、それで癌が促進されることは無く、様々な癌を予防する臨床的エビデンスがある
(5)アスピリンもメトホルミンも少量が良い。過剰に飲めば有害である。


癌免疫のパラドックスは大腸では特に複雑です。腸内細菌や食事抗原が関係してくるからです、次回は、この問題を取り上げます。

(専門的)アスピリンの癌予防効果と腸内細菌 「腸内細菌が癌免疫を制御する」というのが最近の定説で、癌免疫が弱い患者さんの腸内細菌を、人為的に変えると、癌への免疫が起こるという現象が、多数、報告されています(2020年Review)。この現象は、消化管の癌に限りません。腸内細菌と接触の無い部位の癌でも起きます。当然の予測として、「アスピリンの癌予防効果」も腸内細菌の影響を強く受けると予想されます。「アスピリンの癌予防効果と腸内細菌」は重要な研究テーマです(Review)

(専門的)より特異的な免疫抑制剤の癌予防効果IL-1阻害剤の癌予防効果が2018年に報告されました。炎症の主役=IL-1は癌促進だけでなく癌抑制効果もあり()、 IL-1阻害の有効性には強い疑義もありますが、多様な癌への臨床試験が始まりました(2021年Review)。CAR T 療法の副作用(サイトカイン・ストーム)はIL-1が主役、という仮説モデルから「CAR T+IL-1阻害剤の併用」も試行されているようです。

(専門的)有害な免疫だけを抑え、有益な免疫を増強することは可能か? 上記の「CAR T+IL-1阻害剤の併用」が、これを目的にしている訳ですが、成功するかは未知数です。もっと廉価な方法で、例えば「アスピリンと免疫増強サプリメントの併用」は合理的か?これは興味深い問題です。「獲得免疫には自然免疫が必須」というのが免疫学の定説で、免疫学的には「自然免疫 ≒炎症」であり、この複雑な仕組みを人が意図したように分離できるのか?極めて難しい課題と思われます。