腸内細菌を変えて」癌を予防する。

1年前に腸内細菌の記事を書きましたが、今回は最新の「Excitingな話題」を取り上げます。いずれも興味深い内容なのですが、「まだ一部、仮説の部分が有る」ことをお断りします。

乳酸菌が癌の原因である

腸内細菌を変えると(大腸だけでなく)全身の癌が治る

小腸内細菌を変えると大腸癌が治る



 (1)乳酸菌が癌の原因であるという説

「生きたまま腸に届く」乳酸菌は酸に強く胃酸で死にません。胃内でピロリ菌と「競合」し、ピロリ菌を排除し胃内に定着します。

最近、「胃に定着した乳酸菌が胃癌の犯人ではないか?」という説が注目されています(2019年Review 論文全文 2020年Review)。正確に言うと「複数犯説」で、胃の発癌過程の「前半はピロリ菌、後半は乳酸菌が犯人」という説です。この根拠は「乳酸は癌を促進する」という最近の報告です(2017年文献 2017年CELL 2019年Nature 2020年理研の報告 )  ⇒1年前の記事)。



進化の過程で人類に最も有益なのは乳酸菌でした。免疫を強化し栄養吸収を助けたからです。人類はヨーグルトを開発し乳酸菌と共に進化した、と言えます。
しかし「栄養過剰が癌の原因」「免疫過剰が癌の原因」です。本来は有益な物も過剰に採れば発癌性を持つ訳です。(悪魔は天使の生まれ変わり⇒前回記事)。「乳酸菌が欠乏している人(=腸炎で下痢をしている人)」に乳酸菌を投与するのは有益ですが、「欠乏していない健康な成人」が乳酸菌を過剰に摂取することは有益とは言えない訳です。


1年前の記事で「癌を予防する酪酸菌が注目されている」という研究を紹介しました。しかし最近の流れとしては「単独菌の投与」よりも「多様な細菌のバランス」が重要と考えられています(⇒糞便移植:FMT

乳酸菌は大腸癌を予防するか?
乳酸菌が大腸癌を予防するという報告は多いです(2020年Review)。しかしその多くは培養細胞、マウスの実験です。一方、稀なのですが大腸癌を促進する可能性の報告もあります(乳酸菌の多くはDNA損傷を防ぐが逆に増悪させる株もある)。人に投与して発癌を調べる「臨床試験」が決め手になるのですが、これは「明確な効果は確認できない」という結果でした(⇒1年前の記事)。ピロリ菌と違い「腸内に乳酸菌がゼロの人=一度もヨーグルトや発酵食品を食べた事の無い人」は、いないので比較ができないのです。対して胃内に乳酸菌が定着している人は少数なので胃癌との因果関係が明瞭になった訳です。

 (2)腸内細菌を変えると腸以外の癌が治る!という説

最近、糞便移植(FMT)で腸内細菌を変えて大腸癌を治療しようという研究が盛んです(マウス実験モデルの確立)。

意外な話ですが、大腸よりも先に「悪性黒色腫が糞便移植(FMT)で治った」という報告があり、「癌の治療に革命が起きるのではないか?」と話題になっています(2020年Review 2021年Science 2021年Science 2021年Nature)。悪性黒色腫は抗原性が強い(免疫療法が効果が高い)ため糞便移植(FMT)が有効だったと考えられています。

抗癌剤と免疫賦活剤(チェックポイント阻害剤)の併用にFMTを併用します。FMTでは大腸内視鏡による大腸内細菌移植と胃カメラによる小腸内細菌移植が併用されました。「小腸内細菌移植の意義」は次の(3)にあります

なぜ糞便移植(FMT)で悪性黒色腫が治るのか?
腸内細菌はの免疫だけでなく、「全身の免疫に関係している」というのが現代の定説です。「その理由はなぜか?」は以下の4説があります。
腸内細菌は全身の免疫系の訓練場である
免疫細胞は胸腺と骨髄で作られますが「訓練不足」です。腸内で腸内細菌で「実戦訓練」を受けて成熟します。この現象は50年前に「無菌で飼育されたマウス」の研究で確認されました(文献2021年Review)。
腸内細菌が血流にのり全身の腫瘍内に住み着く。これが影響する
大腸癌膵臓癌や肝臓癌で「腫瘍内に腸内細菌の定着」が報告されており、これが抗癌剤への反応に影響することが報告されています(2021年Review)。
腸内細菌が免疫を活性化する物質を血中に放出している
細菌の作る短鎖脂肪酸、胆汁化合物、イノシン化合物などが免疫に影響するという古典的理論です(2021年Review)。更に最近の「コペルニクス的な新説」として腸内細菌が「マイクロRNA」を含むExtracellular Vesicles を放出して人の細胞の遺伝子発現に影響しているという説もあります(2020年文献 2021年文献)。
腸内細菌と癌に共通抗原がある
我々の免疫系は腸内細菌に対して「免疫学的に寛容」になっていますから共通抗原があれば、癌にも寛容になってしまうが、腸内細菌を変えれば癌への寛容が解除されるという説です。(2020年文献  2021年Review)

 (3)小腸内細菌を変えると大腸癌が治る!という説

大腸癌免疫のパラドックス
遺伝子解析により大腸癌は4タイプ(CMS1〜4)に分類されます(詳しく)。このうちCMS1とCMS4は、免疫反応が強いのですが性質が逆で、CMS1は「免疫賦活剤が良く効く」のに、CMS4は免疫賦活剤が全く効きません(逆に免疫が癌を促進している!)。この現象は「大腸癌免疫のパラドックス」と呼ばれますが、このパラドックスの理由は「小腸内細菌」という説がNatureに報告されました。

   CMS1  CMS2  CMS3  CMS4
 MSI 陽性  陰性
 予後  良い
再発後は悪い
 良い  非常に悪い 
 腫瘍の免疫反応
(浸潤免疫細胞;文献
 強い (C1+C2型)
=Hot Cancer
 ほとんど無い
=Cold Cancer
強い (C1+C6型)
=Hot Cancer
免疫チェック
ポイント阻害剤
有効 無効

この研究が持つ重要な意味
便を調べる従来の研究法では「小腸の細菌叢」を正確に調べられないため小腸細菌叢は「暗黒大陸」でした。小腸細菌叢は大腸細菌叢に比べると圧倒的に少数です。しかし便の貯留が主な大腸と異なり、栄養吸収の中心である小腸の細菌叢の方が人体への影響(特に免疫系への影響)が強い可能性は大いにあります。
近い将来「糞便移植(FMT)で癌、その他の病気を予防する」ことが必ず重要な戦略になります。
「FMTで重要なのは大腸では無くて小腸内細菌」だとすると・・大腸内視鏡で便を散布するだけでは不十分です。経口的な投与(胃カメラを使って小腸内に便を散布するか、「糞便カプセル」を服用する)も必要という事になります。夫婦間とは言え「便の服用への心理的な抵抗感をどう解決するか?」が課題になるでしょう。カプセルにすれば抵抗感がなくなりますが「オーダーメイド」はコスト的に難しいので便バンク(=他人の便)を使わざるを得ません。すると感染のリスクが問題になります。更に経口的な細菌叢投与は「胃内細菌叢を変えて胃癌の原因を増やすリスク(乳酸菌服用と同じ)」や「SIBO(小腸内細菌異常増殖症)を起こす危険性」なども問題になるでしょう。

   


(専門的)パラドックスの解は小腸からのダイイング・メッセージだった!
「大腸癌免疫のパラドックス」の理由として実はMSIは原因では無く(これは結果)、「小腸細胞の死と小腸内細菌」が理由という説が、最近、出ています(文献1文献2文献3)。

(1)死にゆく細胞は生きている細胞に多くのメッセージを残します(2020年文献)。「細胞毒性抗癌剤は免疫増強剤である」(Review)というのが最近の理論です。抗癌剤で小腸の細胞が多く死ぬことから「小腸の細胞死」が免疫を賦活すると予想されました。

(2)小腸陰窩細胞と大腸癌幹細胞に共通抗原があること、小腸の細胞死が多いほど大腸癌が抗癌剤に反応することが解り「小腸細胞の死(ICD=Immunogenic Cell Death)」が大腸癌への免疫を誘導するという仮説がでました

(3)更に小腸内細菌で、この免疫を増強する菌(例;バクテロイデス)があることも解りました。逆にフゾバクテリアは免疫を弱めます

(4)「小腸細胞の死骸と免疫増強・菌」の混合ワクチンを使うとMSI陰性の癌(CMS4)も免疫チェックポイント阻害剤が効くようになる現象が見られました。

CMS1(MSI陽性)とCMS4(MSI陰性)は免疫細胞のタイプが異なり、前者では免疫が腫瘍を攻撃しているのに、後者では免疫系が腫瘍を促進しています。この免疫系の違いの根本的な原因は小腸の細菌叢の違いにあり、MSIの有無は「結果」(MSI陽性癌は、そのような免疫環境に適合している)であって、「免疫系が違う原因」ではなかった訳です



         ・・・・・・・2020年文献より