ヨーグルトで大腸癌は増加するか?減少するか?

初めに
新型コロナウイルスが猛威を振るっていますが、日本で最も多い癌である大腸癌も「感染症が重要な犯人」であることが確実です。ただし、新型コロナウイルスに感染しても無症状な人が多いように、あるいはピロリ菌に感染しても胃癌になるのは一部の方のように「体質的に大腸癌になり易い方が、発癌性病原体が腸に入り込んで大腸癌になる」ようです。
この分野は商業的な情報があふれています。最近の以下のNatureの資料を参考にします(もちろんNatureなら絶対に正しい訳ではありませんが・・・・)    

専門家の多数が合意している事実(1)
 腸内細菌が大腸癌発生に重要な働きをしているのは、「まず間違いない


以前の記事で紹介した実験


専門家の多数が合意している事実(2)
「癌の方の腸に多い菌(CRC microbiota 大腸癌細菌叢)」「癌の方の腸に少ない菌」が、確かにある。しかし、これらが「原因」なのか?、単なる「結果随伴現象」(腸内環境が細菌の発育に影響しただけで深い意味は無い)か?は、解らない。( 解り易い逸話があります。正常な食道粘膜には連鎖球菌(口腔内菌)が存在し、逆流性食道炎を起こした粘膜には存在しません。しかし、「連鎖球菌の投与で逆流性食道炎を治療しよう」と考える医師はいません )

これらの菌を調べることが癌の診断(バイオマーカー)に使えるかもしれない。しかし、服用が癌を予防する効果や、除菌が癌予防になると証明されている菌はまだ無い。

 大腸癌の方の腸で増加している7つの「悪玉候補菌」最終的に29種に拡大。詳しく・・・
バクテロイデス(代表的発癌菌)と4つの口腔内菌(フゾバクテリア パルビモナス ポルフィロモナス プレボテラ)と有名でない2つの菌(アリステイペス、サーマネロビブリオ)
  大腸癌の腸で減少している2つの「善玉候補菌」詳しく・・・
クロストリジウム(butyicum) ストレプトコッカス(thermophilus  ・・・・・そして最近、見つかった後述するホルデマネラ菌

特に「最悪の悪玉菌」と考えられているのが歯周病の原因にもなる口腔内菌のフゾバクテリアです(詳しく・・・・)。便中のフゾバクテリア菌は非常に有効な大腸癌早期診断マーカーになることを大阪大学が2019年のNatureに報告しています。
   

<重要課題>フゾバクテリア菌の除菌で大腸癌予防は実現するか? 
 2017年のScienceにヒトの大腸癌をマウスに移植した実験で、抗生剤(フラジール)でフゾバクテリアを除菌すると大腸癌が著明に縮小したと報告され注目されました。しかし人への効果は乏しい(広範囲な細菌を殺すため)と予想されており「フラジールの大腸癌予防への臨床試験」は開始されていません。一方、フゾバクテリアは歯周病の原因で「口臭予防を目的としたワクチン」が2013年に開発されており、このワクチンならフゾバクテリアだけを除菌するので大腸癌予防になるのでは?という意見があります(2019年Review


専門家の多数が合意している事実(3)
ブルガリアが有名ですが世界中の民族が乳酸菌とビフィズス菌が健康に良いことを経験的に知っており、ヨーグルトなどで摂取しています。

プロバイオティクス(=ヨーグルト。細菌名で言うなら乳酸菌ビフィズス菌)は栄養と免疫の改善(特に小児)に有効であり「未熟児の重症腸炎、敗血症」「小児の下痢症」「成人の乳糖不耐症(乳糖を消化できないため牛乳を飲むと下痢をする)」「抗生剤使用で起こる腸炎」に対する有効性は、医学的に確立されたと言っていいでしょう。開発途上国では栄養失調・感染性腸炎は多くの子供に重大な脅威であり、これらのプロバイオティクスの配給で多くの命が救われています。

この作用機序は二つあります。(1)腸内で他の病原菌が増えるのを乳酸(酸性)で阻害する。その結果,感染を防ぐ(2)人間には消化できない食物繊維を分解して腸から吸収できるようにする。その結果、血糖値が上がり栄養状態が改善される
・・・・その他に「粘膜バリアーを強化する」「キラー細胞を強化する」「満腹中枢を刺激する」「腸管運動を促進する」など多岐の報告があります( NatureのReview)が、基本的には「栄養と免疫の改善」の2点です。

一方、先進国の栄養過剰の成人に乳酸菌とビフィズス菌が有益か?特に「大腸癌予防効果があるか?」というと・・・・十分なエビデンスはありません。(2019年のNatureの Review)

専門家で見解が分かれる争点

「大腸癌(=典型的な先進国型の癌)の最大の原因は栄養過剰である」というのが細胞生物学の結論です。従いまして本来は消化されない食物繊維を分解して糖に変える、上記の発酵性・細菌は理論的に大腸癌を増加させる可能性すらあります。更に・・・乳酸は強い酸性で感染を防ぐ効果がありますが,「乳酸が癌を促進する」という報告が最近、相次いでいます。(2017年文献 2017年CELL 2019年Nature 2020年理研の報告 )



  
 <重要課題>乳酸菌、ビフィズス菌の服用に大腸癌予防効果はあるか?
 乳酸菌とビフィズス菌が「大腸癌細胞を死滅させる」という報告は多数あります。例えば2016年には日本の研究がNature(後述)で報告されています。しかし、これれの研究は「培養細胞」または「マウスを使った発癌実験」で、実際に人が乳酸菌やビフィズス菌を長期に服用することで大腸癌発生が減少するかを調べた臨床比較研究は非常に少なく、以下の3つしかありません。2019年のNatureのReviewでは「乳酸菌とビフィズス菌の服用に大腸癌予防効果があるという証拠はPreliminaryである」と結論しています。

癌を促進する(?)乳酸に変わって、最近、「癌を抑制する効果」が注目されているのが酪酸です。

乳酸菌
ビフィズス菌は酪酸を作るか?
・・・・NatureのReviewでは作らない」と明言しています。しかし間接的に酪酸・産生菌を助けている可能性はあると述べています

しかし、それならば最初から酪酸・産生菌の服用の方が良い訳で・・そこで「酪酸を産生する癌抑制菌の探索」が最近の研究の主流になっています。




最近、一部の専門家が主張し、注目されている仮説

「単独で明確な抗腫瘍効果を発揮する、酪酸・産生菌」が遂に2020年に見つかりました。しかも大腸の腫瘍発生に伴い、この菌は減少します(つまり悪循環を、起こす訳ですが、重要な生命現象と言うのは「正のフィードバック・ループ」を作るものです)。更に、マウスに投与することで腫瘍抑制効果も確認されました。この菌はマウスではF.PB1、人ではホルデマネラ・ビフォルミスと呼ばれます。(2020年のNature Microbiology



この論文で興味深いのは「乳酸=癌促進」説にも言及している点で「癌予防に重要なのは乳酸ではなく、酪酸である」ことを主張しています。主張をまとめると「下記」のようになります。ただし・・・・大腸腫瘍の患者さんの便で、この菌が減少することまでは確認されていますが、人が服用することで大腸腫瘍の抑制効果があるかは、確認されていません

 乳酸菌
ビフィズス菌
 乳酸は作るが
酪酸は作らない
 大腸癌を予防しない  
 ホルデマネラ菌 酪酸は作るが
乳酸は作らない
 大腸癌を予防する

「酪酸」はプロバイオティクに革命を起こすか?
京都大学の細菌学者・代田博士が「胃酸で死なずに生きたまま腸に届く乳酸菌」を発見したのは1930年の話ですから「プロバイオティクスは90年以上、乳酸が中心だった」訳です。はたして「主役が乳酸菌から酪酸菌に代わるか?」これは、まだ解りません。しかし「Excitingな研究分野になった」ことは確かです。(一方、かなり例外的な報告なのですが、「酪酸も大腸癌を促進する」という2014年のCellの報告もあります)


最近、一部の専門家が主張し注目されている仮説

潰瘍性大腸炎に糞便移植が有効であることは、ほぼ確立されたと言えます。しかし便を移植するよりも有効な菌種を選択した方が効果は高いでしょう。慶應大学の本田先生は2013年のNatureに「潰瘍性大腸炎の治療を目的とした免疫を抑制する17株の細菌カクテル」も報告しています(当時、当サイトでも紹介していますが、本田先生が東大時代の2011年の研究が出発点です)。また逆に2019年のNatureに「腫瘍免疫を強化する11株の腸内細菌カクテル」も報告しました。

オブジーボで「癌の免疫療法」はメジャーになりましたが、大腸癌の中にも「免疫療法が著効するタイプ」があります(CMS1,MSI型)。腸内細菌と免疫は深い関係がありますから「癌の免疫療法にプロバイオティクは大きな影響を与えるのではないか?」という仮説が出てきています(2018年Science誌Review)。

最近の研究の重点は「酸」から「酸以外の物質」へ・・・

胃は胃酸により病原菌が殺菌されますが腸細胞は酸を作れません。それで酸を作り腸内を酸性に保つ菌が善玉であるという古典的な理論ができた訳です。胃の酸は塩酸ですが腸の酸は脂肪酸(短鎖脂肪酸=SCFA)で乳酸と酪酸が代表です。

しかし、この古典的理論は感染症が致命的になる状況(免疫の弱い小児が典型)では、重要ですが「大腸癌予防の観点」からは通用しなくなります。ここを理解しないと上記のように「乳酸は癌を促進する」「いや、酪酸も癌を促進する」という混乱が生じる訳です。

日本の研究者がNatureに「乳酸菌は抗・腫瘍効果を持つ。しかし、それは乳酸では無く、フェリクロームという小ペプチドによる効果である」と報告しました。大腸癌の促進・抑制のカギとなる物質は、酸ではなく、微少ホルモンなのではないか?という意見です。

また腸内細菌がセロトニン、GABA、ドーパミンなどの脳に作用する物質を産生し「自閉症」「パーキンソン病」などと深い関係があることが最近注目されています。( 2018年Review  2019年Review )。


「DNAチップ(マイクアレイ)」という言葉を聞いたことがあると思いますが、生きた培養細胞を使うのが「細胞チップ」で腸細胞と腸内細菌の研究にも応用されています。しかし重大な障壁がありました。腸の培養細胞は生存に酸素が不可欠ですが、腸内細菌の多くが嫌気性であるというジレンマです。これを解決するため、「培養・腸細胞部分は酸素が豊富」で「細胞から離れた部位は酸素が少ない」という2層性の環境を実現した「腸細胞(+細菌培養)チップ」が完成しました。

この「腸細胞(+細菌培養)チップ」を応用した研究により腸内には、細菌の作るダーク・マター(今まで見つからなかった微量な生理活性物質)が多くあることが、続々と発見されています⇒2019年のNatureの「腸チップ」のReview



このような「短鎖脂肪酸(SCFA)以外の微量物質」の研究は、遂に・・・・・「大腸癌の真犯人」を突き止めたようです

次回は、この話題を取り上げます。題は

「遂に見つかった大腸癌の真犯人。それは遺伝子が誕生する前の太古のプロテイン・ワールドの名残だった」



遺伝子解析は指数関数的に高速化・低コスト化しています。下図のような未来も夢では無いでしょう