糞便移植で大腸癌を予防する

胃癌の原因は感染症(ピロリ菌)ですが、胃癌と生物学的に類似する大腸癌も「感染が原因ではないか?」という説は昔からあります。

この分野が注目されるようになったのは2017年の以下の研究報告からです。

「大腸癌の患者さんの便をマウスの腸に移植すると大腸腫瘍が増加する(健康人の便の移植では起きない)」と報告されました






見つからない真犯人

小腸の細胞と大腸の細胞は細胞生物学的には、僅かな違いしかありません。しかし前者は人体で最も癌が少なく、後者は人体で最も癌の多い臓器です。この違いは腸内細菌以外の要因で説明するのは困難です(小腸の腸内細菌は少なく、大腸は大量・多様な細菌にさらされています)。

上記の報告以後、便中の発癌性病原体を突き止めようと研究が進み、多数の容疑者が挙がったのですが(CMVウイルスJCウイルスHPVファージ, 真菌 フゾバクテリア菌大腸菌バクテロイデス菌 サルモネラなど、その他、多数の報告があります)真犯人は見つかっていません。

「大腸癌の原因は感染症」であると最も熱心に主張しているのはドイツのハウゼン博士で「子宮頸癌の原因=HPVウイルス」を発見しノーベル賞を受賞した「最強の癌ウイルスハンター」です。生の牛肉や牛乳内の、微少ウイルスが大腸癌の原因になるという仮説の元、10年以上、追っています。・・・しかし真犯人は見つかっていません。(2015年 2017年 2019年 の論文)

     
ハウゼン博士
 「生の牛肉
やミルクに
含まれる
ウイルスが
大腸癌の
原因」

「真犯人を突き止め除菌する」という戦略は胃癌、肝臓癌、子宮頸癌では成功しましたが、大腸癌ではうまくいかないのではないか?単独犯ではなく、複数の細菌の組み合わせ(細菌叢)が発癌に働くのではないか?という考えが主流になってきました。

「善玉菌」「悪玉菌」という考えでは無くて「細菌のバランスの異常(多様性の減少)」が疾患の原因になるという考えです(それが何故か?は解っていません)

 胃癌  犯人はピロリ菌(単独犯) 除菌、ワクチンで予防可能  
 肝臓癌  犯人は肝炎ウイルス(単独犯)
 子宮頸癌  犯人はHPVウイルス(単独犯)
 大腸癌  腸内細菌叢・多様性の減少(Dysbiosis)が原因 


腸内細菌移植(糞便移植、FMT)という医学の革命
4世紀頃の中国の古書に「下痢の治療に、健康人の糞便を服用させる」という記載があったそうです。漢方を学んだ米国の医師が「服用」の代わりに「肛門から腸内へ健康人の糞便を注入する治療」を抗生剤の効かない難治性「クロストリジウム菌下痢症」に試み「簡単に治る」ことを報告し注目されました。更に最近は潰瘍性大腸炎や過敏性腸症候群にも効果があることが解り、国内でも複数の大学病院が糞便移植を導入しています

糞便移植(FMT)の手順(腸内細菌を完全にリセットするため、かなり大掛かりな処置が必要になります)

 (1)  健康人ドナー(家族)から便を採取、嫌気的に保管
 (2)  大腸内視鏡用の腸管洗浄液を多めに服用
 (3)  抗生剤を大量に服用し腸内を「無菌化」する
 (4)  大腸内視鏡を使い、大腸内に(1)を散布する
 
 

一方、移植による「重篤な副作用(感染)」も報告されています(当然の話ですが・・・)。2019年のNEJM誌に2例の重症感染(一人は死亡)が報告されました。2人とも「同一ドナー(便バンク)」からの糞便を受けていました。これを受け米国FDAは「重要警告」を発しています。「過敏性大腸症」は家族ではなくて他人の便の方が効果が高いとされています(家族は腸内細菌が近いからでしょう。 2020年レヴュー)。しかし現時点では「便バンク(他人)」の便では無く、家族からの便を使うのが安全と思います



そして今、最も注目されているのは糞便移植に大腸癌の予防効果はあるか?ということです

現時点では臨床l効果の報告はありません。大腸炎は効果が数日で解りますが、腫瘍抑制効果の判定には数年を要するためですが、多くの専門家が強い関心を持っています(2019年Review 2019年Review 2018年Review)



腸内細菌は分娩時に母親から子供に「移植」されることが解っています。従いまして「母親:ポリープ多発、父親:ポリープ無し」の場合に「父親から子供への移植」も有効と思われます。

最近は膵臓癌も腸内細菌叢と深い関係があることが注目されています。(2019年 Nature  こちらは口腔内細菌叢も重要なようです)。

臨床効果の報告は数年後になるでしょうが大腸内視鏡でポリープ切除と同時に「配偶者からの糞便移植」を施行して体質改善まで、できるなら、これは非常に「
夢のある話」です

ポリープの中でも特に過形成ポリープ・SSAPが腸内細菌・炎症と深い関係があります(詳しくは、こちらのページの下を)。私見ですがSPS症候群(過形成ポリープ多発症)の重症型が効果が最も期待されます(まだエビデンスはありません)

将来、糞便移植による大腸癌予防効果が確認・報告された暁には・・・・当院で大腸内視鏡検査を受けられる方で糞便移植(FMT)を希望される方には、以下の条件での施行を考えています

(1)
本人はポリープ多発(ハイリスク)だが、配偶者はポリープが少ない(ローリスク)
(2)
検査前の下剤を倍量飲み、配偶者の便を自宅で用意して持参していただく(50cc位の密閉できる空き瓶を使います)
(3)
配偶者からの感染のリスクを了解していただく
(4)
費用は
無料で施行します。通常通りの内視鏡検査を施行し上行結腸の観察終了時に盲腸に移植便を散布します。散布は30秒で終了しますから検査自体への影響は皆無です



補記 プロバイオティクスの最新情報進化で築かれた人間と腸内細菌の「共生」は複雑で「〜は悪玉、〜は善玉」という単純な構図は現在では否定的であり、細菌叢の均衡の乱れ(Disbiosis)が疾患の原因になるという理論が最近の主流です。しかし・・・・それでも悪玉・善玉の探求は、精力的に続いています
  現在、プロバイオティクスで最も利用されているのがLactobacillus(乳酸菌)で、今までは代表的な「善玉」と考えられていました。これが下痢症(腸炎)に有効であることは多くの医師が知っていますが、長期服用による大腸癌予防効果は確認されていません(高度異型ポリープを予防するかもしれないという報告はあります。.)

現在、大腸癌を促進する「悪玉」として最も有力視されているのがフゾバクテリア菌です(2019年 レヴュー)。

一方、大腸癌を予防する「善玉」として、今、最も有力視されているのが「ホルデマネラ菌」です。イタリア、スイス、米国、日本からは慶応大学と理化学研究所が参加した世界規模の共同研究により2020年のNature Micribiology誌に報告されました。現在、販売されているプロバイオティクスでホルデマネラ菌を含む物はありませんが、数年以内には発売されることでしょう。

フゾバクテリア菌とホルデマネラ菌については、近い将来、詳しく取り上げる予定です。