SPS症候群、SSAPの最新知見(2019年度版)
SPS、SSAPに関する最新の文献を集めました。以下の内容を扱います(略語 SSAP=大きな過形成ポリープ。SPS=過形成ポリープ多発症)
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SPS症候群の内視鏡フォロー中の大腸癌発生リスクと予防的手術について。
下記のように楽観的な報告(内視鏡で癌を予防できる)と悲観的な報告(毎年、内視鏡をしても大腸癌リスクは年間1%前後)の両方があります。これは、おそらく同じSPSでも「重症度」の基準が統一されていないからでしょう。「数が多く、大型SSAPを合併し腺腫も多発するSPS」が最も重症(発癌の危険が高い)という報告が多いです。今後は「重症型SPS」に限定して内視鏡コントロールで、どこまで大腸癌を予防できるのか?という調査が必要と思われます。
また欧州は昔から遺伝性大腸癌の診療に力を入れているのですがSPSに対し積極的に予防的手術をしているようです。現状では日本の学会はSPSの予防的手術には否定的です。国により方針の違いがあることが伺われます。
日本消化器病学会ガイドラインより
- 2019年スペインから報告 クリーンコロンとし逐年内視鏡を受けても癌の発生、手術への移行は高率である。クリーンコロンとして逐年内視鏡を受けているSPS152人を調査。3年間で癌は3%、Advanced Polypは42%に見つかった。または「ポリープが多すぎる」という理由で3%が手術へ移行した。手術後18%は残存直腸にAdvanced Polypが発生した。やはり危険性は当初の報告のように高いのではないか?
- 2018年 米国 115人を3年間追跡した。ほとんどの患者さんは最初の1〜2年に2〜3回の内視鏡で平均・計28個のポリープを切除することでポリープは消滅(コントロール)した。その後は2年毎の内視鏡で十分で癌の発生も手術への移行もゼロである。
- 2017年 英国消化器病学会ガイドライン (1)他臓器癌が多いという報告も散見されるが、現時点ではSPSの方に胃カメラや他の癌検診が必須とは言えない(2)内視鏡的ポリープ切除で制御できないなら外科手術をすべきである
- 2017年 オランダ 434名で調査。経過観察中の大腸癌発生率は1年間で0.2%と従来報告より低い
- 2016年 スペイン 296人を調査。経過観察中の大腸癌発生率は5年間で2%と従来報告より低い
- 2014年 オランダ クリーンコロンとして逐年内視鏡を受けているSPS 50人を調査。3年間で24%の患者に予防的手術を施行した。癌は0%、Advanced Polypは43%に見つかった。癌予防には適切なタイミングでの予防的手術が重要である
- 2013年 米国 経過観察中の大腸癌発生率は2年間で5%。手術後も残存直腸に急速に腫瘍が発生する
- 2011年 アイルランド 数が多く危険性が非常に高いSPSの方への予防的手術を初めて報告
- 2010年 オランダ 経過観察中の大腸癌発生率は5年間で7%。その多くは「小さな過形成ポリープのみ」の腸に発生。「過形成ポリープの数の増加傾向」と「TSAの合併」が重要な危険因子
病因・危険因子
- 2019年報告 抗癌剤と放射腺治療で悪性リンパ腫が根治した方は非常に高率に(約6%)、SPSを発症する。
- 2019年レビュー タバコがSSAPの最も重大な原因であることは複数の報告から間違いない。禁煙をすると5年後からリスクは下がる。飲酒は過度ではリスクになるがタバコほどではない。腺腫もタバコで増えるがSerrated Polypほどではない。タバコ⇒DNAメチル化⇒Serrated Pathwayの経路が、あるのではないか?
- 2017年 レヴュー 肥満、運動不足は腺腫の重要な危険因子ですがSSAPの危険因子にもなるか?についてが肯定的報告と否定的報告の両方があり
- 2018年文献 SPSの原因遺伝子について 今までMUTYH(MAPポリポーシス原因遺伝子)、BMPR、SMAD4(若年性ポリポーシス原因遺伝子)PTEN(過誤腫ポリポーシス原因遺伝子)、GREM1(混合型ポリポーシス原因遺伝子)RNF43(SSAP多発症原因遺伝子)が調べられたが、いずれもSPSの原因遺伝子としては否定された
- 2916年報告 SPSの人に発症するSSAPと通常の方に発症するSSAPの遺伝子発現は全く同じである(家族性腺腫症と一般の方の腺腫が全く同じ遺伝子変化である。というのと似ている話です。)そして、それはCMS1型大腸癌と共通点が非常に多い
- 腸内細菌・フゾバクテリアは歯周病の原因菌で大腸癌との関連が最近疑われています。この菌は右側大腸に多いために、大腸癌の中でも特にSSAPとの関連が疑われており、2015年に日本から関連を示す報告がありました。これを,追試で調べた論文が2016年に2編あります。一つは「腺腫ではフゾバクテリア菌の侵入は稀だが、SSAPでは特異的に見られる」という内容。もう一つは「フゾバクテリア菌の検出は腺腫もSSAPも差は無い」という内容です
- 炎症性腸疾患(IBD)の方はSSAPが多いのではないかと考える専門家が何人かいます。最初に2014年に報告され、その後Serrated Epithelial Change(SEC)を発癌の指標とする2016年の報告。2014年にはSPSの報告もあり2017年には追加報告もありました。 一方、IBDの方は特にSSAPは多くないという2017年の報告。IBDの方にSSAPが見つかっても深刻な事態ではないという2015年の報告もあります。
- カルシウム補給、ビタミンDはSSAPが発生するリスクを上げると2018年報告されました。カルシウム補給、ビタミンDは腺腫を予防することが解っていました。しかしSSAPに対しては逆の結果でした!つまり腺腫に対して有効な予防手段が必ずしもSSAPにも有効とは言えない訳です。
アスピリンによる予防・・・・・アスピリンがSSAP,SPSに予防効果ありとする報告は多いです
この根拠は「アスピリンは右側大腸癌、HNPCCタイプ大腸癌、CMS1大腸癌に予防効果高い」「SPS,SSAPは右側大腸癌、HNPCCタイプ大腸癌(MLH1silencing)、CMS1大腸癌と関係が深い」「従ってアスピリンはSSAP,SPSに有効なはずである」という理論が根拠になっています。
2009年報告 アスピリン服用は右側のSSAPを減少させる
2010年報告 アスピリンは腺腫だけでなく過形成ポリープも予防する効果がある
2013年報告 アスピリン服用は大きい高リスクなSSAP(LPD)発症と負の相関がある
2017年報告 アスピリン服用者はSSAPが発生するリスクが低い
2019年 レヴュー SSAPの危険性の高い方はアスピリンの服用を検討すべきであると考える
一方、少数ですがアスピリンがSSAP,SPSに予防効果無しとする報告をハーバード大学のグループが報告しています(下記2編)
この根拠は「アスピリンはCOX2を阻害することで効果を出すのでCOX2上昇癌にしか効かない」「腺腫はCOX2活性が上昇しているが、過形成ポリープでは上昇していない」「従ってアスピリンは腺腫には有効だが過形成ポリープには効果が無い」という理論です。一方、アスピリンの効果とCOX2上昇の有無は関係無いという主張もあります。
2008年報告 過形成ポリープやSSAPではCOX2は上昇していない。従ってアスピリンは効果が無い。
2013年 アスピリン服用はRAF正常の大腸癌(腺腫由来)を減少させるがRAF変異大腸癌(過形成ポリープ由来、CMS1)を減少させない。主張は上記2008年論文と逆になっていましてRAF変異大腸癌(過形成ポリープ由来、CMS1)ではCOX2が恒常的に強く上昇しすぎているためにアスピリンが無効という、やや特異な主張です。「過剰発現⇒Oncogene Addiction⇒阻害剤が有効」というのが通常だからです。
現在、世界で唯一、ハーバードのグループが「アスピリンは効かない」と主張しているのですが、ハーバードのグループも「SSAPの最終段階(癌化)にアスピリンが有効の可能性有り」と述べています。これらを総合すると・・・・「小さな過形成ポリープにはアスピリンは無意味だが大きな致死的な過形成ポリープ(SSAP)には予防効果がある」というのが最終結論になると思われます
一方、アスピリンと並ぶ、もう一つの予防薬である糖尿病治療薬・メトフォルミンについては2016年に横浜市大のグループがメトフォルミンは腺腫と過形成ポリープの両方に予防効果を認めたと報告しています。最近、欧州で「アスピリンとメトホルミン併用によるポリープ予防効果」を調べる試験も始まりました。良い結果が確認されればSPSの方へ福音となると思います。
陥凹型SSAP、良性なのに浸潤する?
偶に見かける病変なのですが、このような病変の臨床的な意味(危険性)は以前から謎だったのですが・・・2019年、癌センター東病院の先生方が非常に先進的で素晴らしい報告をされています。
論文の内容を要約しますと
- RAS,RAF、PI3Kを調べたが通常型SSAPと差は無い。癌化の危険性は通常型SSAPと同じ程度と予想する
- 通常型に比べると「高齢の男性」に多い傾向がある
- 通常型SSAPも、調べると実に3分の1に陥凹(Inverted Growth)が見られる。決して稀な現象では無い
- Inverted Growthは細胞診(生検)では診断できない。切除しないと解らない。しかし反転憩室と紛らわしいことがあり注意が必要
2013年にNatureに「SSAPは良性の段階で転移・浸潤の遺伝子(EMT、マトリックスプロテアーゼ)がONになっている」その結果「最も浸潤・転移の強い癌(CMS4)に変わる」という衝撃的な報告がありました。陥凹型SSAPでは、良性なのに粘膜下層への浸潤が起きています。EMTやマトリックスプロテアーゼ遺伝子が強力に発現していると思われます。この現象は非常に重要な課題であると思います
SSAP⇒CMS1の進展については、ほぼコンセンサスになりましたが、もう一方のSSAP⇒CMS4(CCS3)の進展については最近、報告が少ないです。理由はCMS4やSSAPは「上皮と間質細胞が複雑に交錯しておりEMT(上皮・間質・変換)を正確に調べるのが難しい」ことが解り、研究者が手を引いているからです。2017年のレヴューではSSAP⇒CMS4(CCS3)の進展が再び取り上げられています。
大腸癌分類 CMS1 CMS2 CMS3 CMS4(CCS3) 遺伝子変化 BRAF
CIMP,MSISCNA
WNT/MYCRAS TGFβ活性化
EMT(上皮・間葉系転換)
SCNA(染色体異常)
間質反応強い予後 悪い 良い 良い 非常に悪い 。浸潤・転移傾向が強い。 頻度 14% 37% 13% 23% 起源 右側の
SSAP腺腫 不明 SSAP
SSAPの発癌の新しい(旧い?)モデル
一般に消化管の粘膜は「慢性炎症で分化の異常を起こし発癌の原因になる」という性質があります
刺激の原因 発癌 食道粘膜が胃・腸に変わる
(バレット食道)胃酸の逆流 食道癌の原因 胃の粘膜が腸に変わる
(腸上皮化生)ピロリ菌 胃癌の原因
慢性萎縮性胃炎では腸上皮化生を起こし「胃が腸に変わる」訳ですが、過形成ポリープやSSAPではその逆の現象(腸が胃に変わる)が起きているという報告が多数あります。SSAPや腸上皮化生ではメチル化異常が最初に起きます(CIMP)。では、そもそもメチル化とは何か?というと、これは「細胞の分化の制御機構」です。SSAPは胃の腸上皮化生と同じく「消化管の分化の異常である」という話です。
これは内視鏡専門医には非常に魅力的な仮説です。何故なら内視鏡的にも両者は非常に似ているからです。
「腸が胃に変わる」鍵となるのが腸管の分化を制御するマスター遺伝子(HomeoBox)CDX2の欠損です。最近はCDX2の欠損はBRAF変異と並ぶ「過形成ポリープ発生の最も本質的な原因」と考えられています(下記オルガノイドの論文)
文献(胃・腸の分化マーカーについて詳しく・・・)
腸上皮化生の原因はピロリ菌感染による慢性持続的炎症です。こう考えると、「SSAP=慢性炎症原因説・フゾバクテリア菌原因説」も説得力が大きくなる訳です。腸上皮化生で胃の分化異常から胃癌へ進展する病態の研究は日本が世界をリードしています(東大病院HP)。その分子機序も解明が進んでおり、やはりCDX2が鍵であると考えられています。これらの「細胞分化研究」の応用がSSAPの病態解明の突破口になるかもしれません
- 2017年 オルガノイドを使いBRAF活性化とCDX2欠損により鋸歯状腺管が形成されることを証明
- 2015年 過形成ポリープは、まず「胃の形質(粘液分泌)を獲得し」、進行すると腸のマーカー(CDX2)を失う
- 2007年 過形成ポリープの胃粘膜化にはPDX1の亢進とCDX2の低下が鍵
- 2004年 過形成ポリープとSerrated Adenomaが胃の前庭部に似た形質をもつ
- 2003年 過形成ポリープが胃の形質をもつ
- 1999年 Serrated Adenomaが胃の形質をもつ
胃と異なり腸内には無数の細菌が常在しています。その大部分は慢性炎症を起こすことは無く、全く無害です。しかし一部の細菌はピロリ菌やフゾバクテリアのように組織侵入性細菌に変わり炎症を起こします。解り易い例が大腸菌(O157)で通常は無害なのですが変異腫O157は組織侵入性で炎症を起こします。そのような菌の中に「大腸癌原因の真犯人」がいると予想されているのですが・・・全て、見つけ出し、そして除菌することは、はたして可能なのか?難しい課題ですが最近この分野は目覚ましく発展しています。(詳しくはこちらを)