ストレスと大腸癌予防・・・・・・ポリープが休眠から目覚める時

前回の記事で、日常の検査で見つかるポリープの多くは「休眠状態(=老化細胞)」であり、何らかの刺激で「目覚める(若返る、とも言えます)」と癌化する、という話をしました。


腺腫も期間が短く観察しにくいだけで、同様に「休眠(老化)」があると考えられます(⇒前回の記事:腺腫は老化するか?)

このような「休眠状態」は癌でよく研究されています。

以前「大腸癌の超早期転移モデル」で「乳癌は微小癌の段階から骨髄内に転移し何年も、冬眠状態を続ける」というモデルを紹介しました。この超早期転移する休眠癌が治療後再発の原因であり、現在の癌治療の最大の課題となっています。



(専門的)超早期転移と癌の休眠 「早期の段階で根治手術をして完治したように見えたのに10年以上、経ってから再発する(超晩期・再発)」という現象が、ER陽性乳癌、メラノーマ、腎癌、前立腺癌(PSA再発)などで見られます。この理由は超早期転移と癌の休眠で説明されています(文献)。超早期転移と癌の休眠は本来は別々の現象のはずですが、随伴して起こる傾向があるようです。一方、大腸癌でも超早期転移が高頻度に起きていることが報告されていますが(詳しく)、超晩期・再発は、あまり起きません。このことから大腸癌は「休眠しにくい癌」とも言えます。



「ポリープの休眠」の研究は、ほとんど行われていませんが「癌の休眠」の研究は、ここ数年、非常に盛んです。意外かもしれませんが、この二つの現象に本質的違いはありません。共に癌遺伝子誘発老化:Oncogene-induced senescenc(OIS)と呼ばれる現象で、「休眠と覚醒を繰り返しながら」腫瘍は進行します。
ですから癌の休眠の研究を応用すれば「ポリープを癌化させない」ヒントが見つかるはずです
これが、今回のテーマです。



(専門的)OIS、休眠療法について極端な例では培養正常細胞に1個の癌遺伝子を導入しただけでOISは起きます。この現象はここ数年の「分子生物学の最大の謎」でした(The Cell6版17章p1016)が解明が進んでいます。休眠状態を引き起こすにはp53,p21,p16,ATXなどの遺伝子が温存されている必要がありますから良性腫瘍は癌よりも「休眠の維持」は容易なはずです。
癌細胞を少量のDNA損傷型の抗癌剤に曝すと休眠が誘導されます(Therapy-induced senescenc=TIS)。これを応用して「抗癌剤の少量投与」をして「癌の休眠誘導」をするという意見があります。しかし、最近の知見では「癌は休眠(+覚醒)をするごとに悪性度が増す」というのが定説です。癌を目覚めさせない(休眠の維持)は重要ですが、眠らせる(休眠の誘導)は癌を更に悪化さる危険があります。




ストレスが休眠(OIS)を解除する」という2020年のScienceの驚くべき報告

まず「ストレス」とは何か?
生理学者セリエによるストレス仮説では(1)交感神経系の亢進(アドレナリン分泌)、(2)視床下部-下垂体-副腎系(副腎皮質ホルモンの分泌)の亢進、がストレスの本態と考えられています

Scienceの報告の概略

どうして、このような現象が起こるか?も詳細に解明されています。
精神的ストレス⇒交感神経興奮⇒アドレナリン分泌⇒白血球からS100タンパク分泌⇒腫瘍細胞のFGF経路活性化⇒休眠状態からの覚醒 という流れです


アドレナリン阻害剤(高血圧の薬、βブロッカー)が癌の再発を抑制することが、本実験で確認されました。βブロッカーの癌への効果は既に、臨床で多数報告されています(2020年Review)

また「ストレスが大腸癌・大腸ポリープを悪化させる」ことが人の研究で確認されています(2017年・日本 2013年米国)

この現象の進化論的な意義は何でしょう?個人的な想像ですがストレスとは「個体の非常事態宣言」ですから生存のために細胞を総動員する必要があり休眠細胞の覚醒が起きるのかもしれません。


「運動は薬である(Exercise is Medicine)」

多くの研究から「運動が癌を予防する」ことが証明され、近年、大きな話題になっています。

NHKのHP(国立癌センター資料)より

近年、この理由を解明しようという研究が盛んです(2018年Review)。そして解ってきたことは「運動⇒交感神経興奮⇒アドレナリン分泌⇒NK(ナチュラルキラー)細胞活性化⇒癌の抑制」という経路です。つまり「運動とはストレス」であり、途中までの経路は「精神的ストレスが癌を悪化させる」のと同じなのです。



アドレナリン(ストレス)は諸刃の剣と言えます。これは、どういうことでしょう?以下のような仮説が有力です(2016年報告 2018年報告 2021年Review)。非持続性の有益なストレスは「快ストレス(eustress)」と呼ばれます。楽しいゲームやスポーツの達成感が快ストレスですが、やはり、これもアドレナリンが主役と報告されています。「社会的事件は短期間の精神的ストレスを起こし健康に好ましい(NK細胞を活性化する)」という報告さえもあります。



似た現象が「免疫・炎症と癌の関係」でも言えます(文献)。当たり前の話ですが、ストレス(アドレナリン)も炎症(免疫)も生体が必要だから持っている訳ですから、短期間では、本来は生体に有益なはずなのです。しかし刺激が慢性化すると・・・・不利益(癌の発生)を生む訳です。



(専門的)慢性ストレスと急性ストレスで効果が逆転するのは何故か?、
この機序として(1)負のフィードバック系が作動するシステム上の理由、例えば抑制性T細胞の発動など(2)脱感作、という受け手側の理由、例えばレセプターのダウンレギュレーションなど(3)腫瘍が適応・進化するという遺伝子不安定性による体細胞進化、の3つが考えられます。この現象は解明が始まったばかりですが、以下のような機序が解ってきました( 2014年Review  2018年Review 2021年Review)
   ホルモン  ホルモン
を分泌する器官
 ホルモンを
受ける細胞
癌への反応 
 慢性的な
精神的ストレス
 主に
ノルアドレナリン
 癌に浸潤した
交感神経
 癌細胞自身  免疫を抑制
=癌を促進
 一時的な
肉体的ストレス
(=運動)
 主に
アドレナリン
 副腎  免疫細胞
特にNK細胞
 免疫を増強
=癌を予防