大腸癌の早期発見の意義は小さい。良性ポリープも転移するという新しい常識
「定期的に検診を受け癌を早期発見しましょう」というスローガンは、大腸癌死亡率の増加に歯止めがかからない現状を見ると、まるで太平洋戦争時の大本営発表を連想させます。

早期発見の根拠になっているのが「大腸癌は早期なら転移しないが、進行すると転移する」という「仮説」です。

 早期癌   進行癌   
 転移(−)    転移(+)  

しかし最新の分子生物学は、この「仮説」に、大きな疑義を出しています
「転移する癌は、検診で発見できない極めて早期の段階で転移する(逆に転移しないタイプは進行しても転移しない)」という「Born to be bad説」が提唱されているのです
 微少癌  転移(−)    早期癌  転移(−)   進行癌   転移(−)
 微少癌  転移(    早期癌  転移(   進行癌   転移(

日本では、かってこのような説が「癌検診反対派」の先生によって展開されたことがあり、学会と激しい論争になりました。(有名なのは慶応大学の近藤誠氏です)
しかし、今回は、Nature New England Journalという世界で最も権威のある基礎医学と臨床医学の専門誌が、この説を展開しています。
この「超早期転移・仮説」は2010年頃に悪性黒色腫(文献)と膵臓癌(文献)で言われましたが最近、乳癌において詳細な報告がありました。

「乳癌は乳腺の腺管内に限局している段階(画像診断は不可能な微小癌)から骨髄内に転移する。骨髄内に転移した病巣は何年も、冬眠状態を続け、何かの機会で活発になると全身に癌細胞をばら撒く」という仮説モデルです

2016年にNatureに、この仮説モデルが正しいことを示す論文が二つ掲載されました(文献1文献2)。HER2という増殖因子陽性の乳癌は超早期から転移するという報告で、しかも「初期の細胞密度が低い時期(PGR陽性)の方が転移しやすい」可能性も指摘しています。2017年にはNew England Journa誌がレヴューで取り上げ、「冬眠状態に影響する骨髄内の環境は何か?が臨床的に重要課題」と主張しています。「早期ほど転移し易い」という話は,すぐには信じがたいですが、「転移しない癌は進行しても転移しない」という現象が確かにあるので、そういう傾向はあるのでしょう。


上記論文より

乳癌は特殊なのだろう、と思われていたのですが・・・・

 2019年のNatureに大腸癌でも「超早期転移」が頻繁に起きていると報告されました(文献 Review)

腫瘍進化(下記捕捉)」の理論を使い、数学的な予測から、転移が見られた患者さんの81%は乳癌と同じく「超早期転移」であるという報告です。転移は1cm前後の良性のポリープの段階から起き、冬眠の場所は乳癌は骨髄ですが、大腸癌の場合は、肝臓です。冬眠した転移巣は一生、冬眠したままのことは無く、数年後に活発に暴れ出すか、細胞老化から死滅します。(その多くは「死滅」します。腫瘍とは言え生来と異なる環境で生きることは、決して容易では無い訳です。)


上記論文より


以上は分子生物学の話ですが、話を臨床に移します。言うまでも無く「超早期転移理論」は「早期発見の効果は大きくない」ことを意味します

この問題でよく引用されるのが下のグラフです



ステージというのは「手術後に切除検体を調べて、転移があればステージV、Wにする、転移が無ければステージT、Uにする(転移の程度で決める)」という意味なので、このグラフの意味するものは「転移が生存率を決める」という事実であり、「早期発見の効果」ではありません。また横軸を「癌の深達度」に変えても意味は、ほぼ同じです。

ステージや深達度ではなく、単純に癌のサイズこれが癌が誕生してから発見までの期間を反映します)と生存率の関係を調べないと「早期発見の効果」は、解らない訳です。

すると「サイズと生存率には相関は無い」ことが解ります

「小さい癌(早期発見された癌)」ほど、予後が良いという報告(2015年 米国)、 「サイズと予後は関係ない」という報告(2007年 英国 2000年米国)「小さい癌ほど、予後が悪いという報告」(2019年中国 2018年イタリア 2016年中国 2016年中国 2016年米国)が混在します

癌を早く見つけた方が良いのは自明の話です。しかし、その効果が統計的に確認されないということは、その効果は微々たるものであることを意味します。予後を決める最も重要な因子は早期発見ではなく「癌の固有の性質」であるということです。

「検診による早期発見の効果への疑義」は以前は「癌の過剰診断(OverDaiagnosis」を問題視した意見が主でした。しかし、最近は「検診で期待されたほど生存率が改善していない」点を問題視した報告が見られます。例えば2019年に「遺伝的に大腸癌の危険が非常に高い方は、短い間隔で検診を受けても癌の早期発見が期待できない」という、衝撃的な報告がありました(文献

なぜ早期発見の効果は小さいのか?分子生物学が、その謎を解明しました。

まず、転移で最も決定的な遺伝子異常は「EMT(上皮・間葉・転換)」と「幹細胞化」という現象であることが解明されました。そして、この二つの現象とも良性ポリープの段階から起きます。必ずしも癌化してから起きる訳ではないのです(参考 SSAPの二つの顔 ポリープは老化するか?)。逆に言うなら、この二つが起きない癌は、どんなに進行しても絶対に転移しません(腸閉塞は起きますが・・)

「超早期転移・癌」に勝利する方法は「良性の段階での除去」だけです。病理学的に良性でも微量な転移は起きているかもしれませんが、転移巣は定着せずに死滅するはずです(根拠:今まで死亡例が報告されていないからこそ、「良性」と定義されたのです)

確実に人間が
 勝利できる段階
   負ける可能性のある段階
 良性
ポリープ
 微少癌    早期癌   進行癌 

超早期転移理論は「癌の早期発見」に重点を置いた現在の日本の方法では大腸癌に勝てないことを意味します。太平洋戦争の敗因は戦略の失敗ですが、戦略がまずければ、いくら努力しても勝利はない訳です。

勝利するには、大腸内視鏡を「癌の早期発見」から「癌の予防(ポリープ切除)」へシフトさせる(戦略の変更)ことが重要であると考えます


捕捉1)大腸癌の81%が超早期転移するという意味ではありません。転移のある癌(ステージ4)の81%が超早期転移であるという意味です。また手術の有効性を否定する物でもありません。例え超早期転移という現象が確認されても、できる限り早く、手術をすることが最も重要です。

(捕捉2)この報告から前癌病変を検出できない検査は、大腸癌の検診手段としては意味が無い(死亡率を減らせない)と言えます。「血液バイオマーカー検査で良性ポリープを検出できるか?」は、現在の重要な研究課題です。血中に流出した腫瘍(上図)を血液検査で検出する試みは現時点では成功していません(文献)。
では超早期転移型の癌、転移しない癌の元のポリープはどのようなポリープか?ですが、これは「大腸癌の起源」を、お読みください。

捕捉3)かっては「超早期癌はポリープを経ないのでは?(De novo癌)」という説もありましたが、現在は分子生物学によりDe novo癌は完全に否定されています。今時、De novo説が言われているのは日本だけで、世界で最も権威のある分子生物学の教科書「The Cell」は「大腸癌は多段階発癌(腫瘍進化)で発生する。前癌病変の切除が最も合理的である」と第4版から繰り返し主張しています

捕捉4)この論文の理論的根幹はダーウインの進化論です。生物の進化では有益な変異、無益な変異が「同じ確率(偶然)」で起き、競争により有益な変異が選択されます。有益でも無益でもない中立の変異は一定の速度で蓄積されますから「時計」になります。こうして生物の全ゲノムを解読し比較することで「時間軸のある進化の系統樹」が得られます。この考えを発癌に応用し、1個の癌を多様な生物(サブ・クローン)の集合体と見なすのが腫瘍進化という概念です。(膨大な量のゲノム解読が必要です)


 専門家向け
今回のNatureの論文は、数年前から予想されていたことであり、大腸癌の専門家なら特に違和感は覚えないと思います。

大腸癌は「進行しても転移しない癌もどき型」と「超早期から転移するタイプ」があることから、これを遺伝子で分類しようというのが欧米では数年前から盛んでした(CMS分類 1〜4)。 CMS3が「まず転移しない癌もどき」、CMS4が「超早期から転移するタイプ(膵臓癌と同じ)」になります。我々が大腸癌を膵臓癌よりも予後が良い、と勘違いしたのは、CMS3という「癌もどき型」があるために全体の平均値が底上げされたからです。

驚くべきことにCMS4は良性ポリープ(SSAPがCMS4の前駆体と考えられています)の段階からEMT(上皮・間葉・転換)やマトリックス・プロテアーゼ遺伝子がONになっていて「浸潤・転移能力」があります

EMTが起きれば腫瘍の新生血管は「細胞密着が緩く、簡単に侵入できる」と予想されています。
つまり「EMT+Angiogenesis=vascullar invasion=CTC(circulating tumor cell)陽性」となる訳です。

しかし転移の過程では最後の「定着」が最も困難な段階です。たとえ癌でも「定着(本来と違う場所で生きる)」は極めて困難な作業であることが「癌細胞をマウスの血管に注入して転移の有無を見る実験」から予想されています。癌細胞も適切なTPOでなければ生きれないという「多細胞生物の社会性」に従う訳です。これを「グリーンランドの荒れ地に上陸したバイキングと同じ」「困難な土地に種をまくようなもの」とThe Cell第6版では実にうまい表現をしています。では何故、困難なのか?ですが「違う土地での適応生存能力」と関係があるのは「癌幹細胞化」です

では、「幹細胞化」はいつ起こるか?ですが、答えは「良性ポリープの段階から」です。腺腫の原因であるWNTは腸管の幹細胞維持を起こす遺伝子であり「腺腫は全体が陰か(幹細胞)のような物」です。LGR5(腸幹細胞マーカー=WNTレセプター)で腺腫を染色すると広範囲が染まります。参考 ポリープは老化するか?

EMTの起きているSSAPが幹細胞化(=腺腫化、WNT異常)すれば(SSAP with Dysplasa)、早期に癌化、転移するという最近の報告も、超早期転移説を裏付けています(参考 SSAPの二つの顔 腺腫は主役ではない

以上から「転移を起こす遺伝子異常が腫瘍進化の後半に起こる」という考えは間違いであり、それは「腫瘍進化の初期に起こる」が真実です。理論的に転移巣は癌発巣が大きくなってからでないと見えません(並行して成長しますから)。そのため我々が今まで超早期転移に気づかなかっただけなのです

参考:超早期転移の分子生物学的根拠