ポリープは老化するか?・・・・解明が進むポリープの幹細胞

我々の皮膚は毎日、変化していないように見えますが、実は細胞は毎日、交代しています。幹細胞から新しい細胞が生み出され、古い細胞は老化して死滅していきます。入浴時に日々の皮膚細胞の「死骸」を確認できます。つまり、これが「あか」です。皮膚にできた良性のイボは、いつの間にか無くなります。これは細胞が老化して死滅するからです。細胞には「老化と寿命」があります。細胞分裂の度にDNAが少しづつ短くなるからです。唯一の例外が「幹細胞」です。イボが消えるのは「幹細胞化していない」からであり大腸ポリープが消えないのは「幹細胞化」しているからです。

「ポリープを切除せずに1年後の経過観察としたが形態・サイズは不変だった」という事はよく経験されます。では、この場合、細胞は交代しているのでしょうか?あるいは同じ細胞が、そのまま存在しているのでしょうか?




 この問いの答え(現時点での科学的予想です)は以下のようになります
腺腫では「違う細胞」と思われる。腺腫は幹細胞化しており(胎児化とも言えます)、細胞新生と細胞死を繰り返しバランスが維持されている
過形成ポリープ(SSAP)では「同じ細胞」と思われる。細胞は
老化し細胞分裂もしない不死化した静的な状態になっている



2005年のNATUREに「多くの良性腫瘍は高率に老化状態にある。これは癌化を防ぐ防御機構である」と報告されました。
これから大腸のSSAPは他の臓器に発生する良性腫瘍と同じ性質の腫瘍。しかし大腸の腺腫は他の臓器には見られない稀有な性質の腫瘍である、と言えます。

(専門的)サイズ不変(Dormancy)について 癌が何年もサイズが不変で休眠しているように見える現象(Dormancy)の研究が盛んです(2019年Review)。これに対して良性腫瘍のDormancyは、ほとんど研究されていませんが、基本的な機序は同じと思われます。癌のDormancyは(1)血流不足(2)免疫的排除(3)細胞の老化=Senescence(4)幹細胞化により起きますが、癌と異なり良性腫瘍では(1)(2)は強くないので(3)(4)が主と思われます。幹細胞化しても激しく細胞分裂をする訳ではなく逆に細胞分裂は静的な状態になります。老化と幹細胞化は同じ現象であるという報告もあります。

臨床ではポリープのサイズが重視されます。しかし「ポリープのサイズ」はプラス(新生、細胞分裂)とマイナス(死、アポトーシス)のバランスの結果です(腸の細胞の寿命は短く僅か3日です!)。これが、どのようにして決まるのか?という最も根本的な疑問は、今まで「ブラックボックス」でした。最近の「幹細胞研究」「細胞老化の研究」から、この疑問にも解明の光が見えてきました


まず基本的話から
腸の細胞の社会は、アリの社会と似ています。
      段階  アリに例えると  マーカー
 (1)幹細胞  女王アリ  LGR5
 (P)Paneth細胞  女王の世話役  WNT
 (2)分裂増殖帯  子供の働きアリ  KI67
 (3)分化・成熟細胞  大人の働きアリ  腸特異的
タンパク質
 (4)アポトーシス  老いた働きアリ  APAF1

WNTは女王アリを作るロイヤルゼリー。LGR5はゼリーの受容体

Paneth細胞(=幹細胞Nich)が、ロイヤルゼリーを作り、このゼリーを食べた細胞は「不死化」して女王アリ(幹細胞)となり子孫(細胞)を永遠に供給します。一方、ロイヤルゼリーを食べれない細胞は分化した細胞(働きアリ)になります。アリと同じで腸の細胞の一生は、はかなく、3日でアポトーシスというプログラムされた死を迎えます。そして幹細胞が次々と新しい細胞を補充します。実は腸は我々の体内で最も「細胞分裂(細胞の交代)」が激しい組織です。レントゲン検査被曝で大腸癌が誘発される危険が高い(資料)のは、この盛んな細胞分裂が原因です。

そして、この不死化ゼリー(=WNT)こそが大腸の発癌の鍵なのです


まず2003年、新潟大学から先進的な報告がありました文献
腺腫では増殖帯、アポトーシス帯が共に亢進している。(増殖帯が基底部だけでなく表層にも拡大している)一方、過形成ポリープやSSAPでは増殖帯の亢進は無くアポトーシス帯が減少しているという報告です。腺腫は「盛んに分裂・新生し細胞死も多い」、過形成ポリープやSSAPは分裂・新生は盛んでないが、死ななくなっており老化した細胞から成るという事です。同様の報告が2005年 2015年 2013年にありました。


そして2015年には「ポリープ(腺腫)の幹細胞」が同定されました(文献)
まず腸の幹細胞マーカーであるLGR5がを発見されました。更に彼らは「腺腫は大部分が幹細胞から成る(LGR5陽性)」ことを発見しました。実は腺腫はWNT遺伝子(=幹細胞を作るロイヤルゼリー)の異常で起こります。腺腫の大部分が幹細胞から成るという現象は新潟大学の報告とも合致するものです

「癌・幹細胞」という言葉をメデイアで目にしたことがあるかと思います。癌細胞は全てが「不死」ではなく,極一部の細胞(癌・幹細胞)のみが「不死(=永遠に細胞分裂を繰り返す)」で、大部分の細胞(=幹細胞の子孫)には寿命がある(老化して死滅する)という話です。そして、癌だけでなく良性のポリープも「不死化した幹細胞」と「寿命がある幹細胞の子孫」から成り立っていることが解明された訳です


では腺腫は「幹細胞のかたまり」なのに、何故、どんどん増大しないのでしょう?
幹細胞の重要な特徴として「老化しない(死なない)」が「細胞分裂も盛んでない」という性質があります。細胞分裂が盛んなのは幹細胞でなく、その子孫の分裂増殖細胞(上の図の(2))なのです。幹細胞はあまり分裂しないという事実から、ポリープが急激に「増大する・しない」とポリープの癌化の危険性は直接の関係が無いことが解ります


腺腫幹細胞に発癌の鍵がある
「正常細胞⇒腺腫⇒癌」という「変化(悪性化)」は全て、幹細胞のレベルで起こる現象であろうと考えられています。癌遺伝子異常が「分化した腸細胞」に起きても腫瘍にはならず(3日後に死滅するからです)、腸・幹細胞に遺伝子異常が起きた場合に腫瘍ができると2009年に報告されています。つまり「腺腫が癌化する」といのは「腺腫・幹細胞が癌化する(癌・幹細胞に変わる)」という意味なのです。

培養細胞を使って発癌因子を調べる研究は分化した腸の細胞でなく腸の幹細胞を使わないと正確な事実が解らない訳です。「腺腫・幹細胞」の研究は発癌物質の解明に大きな変革を起こしています。

幹細胞は食事中の発癌性物質に感受性が高いと2016年に報告されました。脂肪が大腸癌の原因であることは昔から疫学的に知られていましたが2016年のNature 2019年のCELLに詳細な分子生物学的機序が報告されました。異なる機序が報告されているのですが、いずれも「脂肪が腸管・幹細胞に発癌性を持つ」という点で一致しています。

腺腫のサイズ縮小の問題を考える
比較的よく経験する現象です。見つけたポリープを事情で、その場で切除せず、日を改めて切除しようとしたら・・・形態が変わりサイズも小さくなっているという現象です。ポリープ細胞は「細胞分裂と細胞死」をダイナミックに繰り返している訳ですから食事などの環境因子でプラス・マイナスのバランスが変わることは不思議ではありません。しかし「腺腫・幹細胞」は不死化しており容易には死にません。幹細胞の数は同じはず(減ることは無い)であり、ポリープの本質は変わっていない訳です。
このように考えますと・・・・ポリープの形態、サイズ、表面性状(Pitパターン)を診る内視鏡診断の限界が見えてきます。ポリープの深部にいる幹細胞を診ないと「本当の診断」では無い訳です

腺腫の自然消滅の問題を考える
昔から「稀に起きえる(見落としでは無い)」と報告されている現象です。進行癌でさえも自然消滅の報告があります。しかし、これは「好ましい現象」なのでしょうか?
前述したように「不老不死の幹細胞」が消滅することは、本来は起きえないはずの現象です。
好ましいシナリオは「分化して正常な腸細胞になり老化した」というものですが考えにくいです・・・
腺腫・幹細胞の自然消滅(アポトーシス)は「腺腫が癌化した(癌遺伝子の変異が蓄積した)から」という理由以外では説明は難しいと考えます。
細胞が癌化すると(Oncogene Stress)、細胞は安全のために自爆スイッチ(p53)を押します。意外に思われるでしょうが実は細胞は癌遺伝子の変異により容易に死ぬのです。(この自爆装置が運悪く作動しなかった場合に臨床的に癌になります。)
あるいは遺伝子の変異の蓄積が強い免疫応答を引き起こすことが理由かもしれません(CMS1型大腸癌で見られる現象です)
いずれにせよ自然消滅は患者さんが「遺伝子が変異しやすい(ゲノムが不安定)体質」であることを意味し、好ましいシナリオではありません。「今回は幸運だったが、次に新たな癌ができる危険が高い」ことを意味するからです。つまり「警戒レベルを上げなければならない」兆候と、私は考えます。

微小腺腫の放置の問題を考える
日本で主流の「微小腺腫は放置でもよい」という意見の最も重要な根拠は「腺腫を経過観察したがサイズが増大しなかったから」という事実です。
しかし(1)腺腫は大部分が幹細胞である(2)「分裂とアポトーシス」でバランスを維持しているだけである(3)腺腫・幹細胞は胆汁などの発癌物質に感受性が高く毎日、暴露している、と言った事実を知れば「サイズが不変」というのは安全を全く担保していないことが解ります

過形成ポリープ(SSAP)とは老化した細胞の集団である
アポトーシスを起こさなくなった「死なない細胞=老化した状態」が過形成ポリープ(SSAP)の重要な特徴です。2010年には、p16遺伝子により過形成ポリープ(SSAP)の老化が引き起こされると報告されました
では「細胞老化」とは何でしょう。この研究は幹細胞や細胞死(アポトーシス)に比べると遅れており「暗黒大陸」です。しかし、近年、分子生物学的解明が進んでいます(日本語総説)。遺伝子異常が蓄積すると安全装置(p16、p53)が働き細胞が分裂を止め修復を試みる。修復が不可能ならアポトーシス(細胞の自殺)を決行する。しかし自殺までは決断できない中途な状態が細胞老化と言えます。この状態で安全装置が故障すると発癌へと進みます。

SASPというのは老化細胞が分泌する因子のことで、現在、細胞老化研究で最も注目されているものです
(この図は上記の総説から引用させていただきました)。SSAPと名前が似ているのは、すごい偶然です・・