癌体質の方はレントゲンによる癌検診は望ましくない


米国の女優が健康である乳房を予防のために切除したことが話題となり、遺伝性乳癌(BRCA変異)という言葉が有名になりました。

実は・・・・
この遺伝子性乳癌の方は「通常は問題とならないような低レベルの放射腺」でも遺伝子に重大な異常が誘発されます。

何故かというと・・・・
BRCAという遺伝子は「DNAの損傷を修復する遺伝子」だからです。そのためにDNAに変異が起こりやすく(遺伝子の不安定性と呼ばれます)、健康診断レベルの放射腺でさえ起きる僅かのDNAの損傷も十分に修復できないのです。
実際に2012年のBMJ誌に「BRCA変異を有する女性2000人を調べた。マンモグラフィは乳癌リスクを増加させた。検診はX線を使うべきではない。」と報告されました(文献)。


以上は乳癌の話なのですが・・・大腸癌ではどうでしょう?

まず・・「遺伝性大腸癌」「癌家系」「癌体質」と呼ばれていた人たちの、かなりの割合が、「遺伝子の不安定性」が、その原因らしいということが解ってきました(HNPCC、リンチ症候群、MAP、)。

更に・・・・非・遺伝性の通常の大腸癌でも「遺伝子の不安定性」が大きく関与していることが解ってきました。
(大腸癌の2割はDNA修復の異常により遺伝子が不安定になっているHyperMutated Typeと呼ばれます(詳しく)。また一般的な大腸ポリープの原因であるAPC遺伝子「染色体の不安定性」と深い関係があることが最近、注目されています。)


 

つまり遺伝性乳癌だけでなく大腸癌・ポリープの多くが、「遺伝子の不安定性」が関係しており、低レベルの放射線でもDNAに重大な損傷が起こる可能性が高いという意味です。

当然の予測として

そのような「ハイ・リスク」の方は注腸検査CTコロノグラフィー、更には通常の下腹部のCT検査や下腹部のレントゲン検査でさえも「大腸癌を誘発する」危険がある訳です。

この問題について文献を調べてみました
まず2004年にLancetに掲載された有名な論文から資料を引用します。これは、いわゆる「癌検診反対派」の方がよく引用する有名な論文です。
 

このデータは「一般の人全員」での解析です。「遺伝子不安定性」が強い「癌体質・癌家系」の方では、更に悪い結果になると予測されますが・・・・

そのような調査があるか文献を探したところ・・・・残念ながら、「遺伝子不安定性が強い癌体質・癌家系の方が検診でレントゲンを受けることで、どの程度、大腸癌が増加するか」を調査した報告は見つかりませんでした。

しかし、以下のような動物実験の報告が2編、見つかりました。

「遺伝子不安定性」が強い「癌体質・癌家系」として最も代表的なものが遺伝性大腸癌(HNPCC,リンチ症候群)です。人工的にMLH1遺伝子を破壊してHNPCCと同じ遺伝子のマウス(Mlh1-knockout mice)が作成できます。このマウスに放射線を当てると高率に大腸癌ができる(正常マウスにはできない)という実験が20006年に報告されています。2015年には、同じマウスを使い、やはり放射線を当てると高率に大腸癌ができたと別施設から報告されて追試・確認されています。前者の報告では検診レベルの放射線には言及していませんが、「HNPCCの方は放射線治療による2次発癌に注意すべきである」と結論しています。後者の報告では「大腸炎があると遺伝子変異が増加する」ことから「HNPCCの方は大腸炎がある時は検診レベルの放射線も危険と考える」と結論しています。

マウスの実験ですが、遺伝子レベルでMlh1-knockout miceは十分に人間の病態を反映しています。

「家系に大腸癌が多い方は注腸検査CTコロノグラフィーによる検診は、特に大腸炎を起こしている時はリスクがある」と結論できます。

もちろん、レントゲン検査は絶対に駄目、という意味ではありません。リスクと利益を比較して、診断・治療のために利益が大きいと判断するならレントゲン検査を受けるべきです。

しかし、癌体質・癌家系の方が、何も考えずに気楽に胃バリウム検査などのレントゲンを使った検診を受けるのは・・・・・合理的とは言えず推奨できません。

補足ですが・・・・このような「DNA修復機能が低下」した方にできる癌は、放射線治療で治療しやすいことが解っています。これは癌細胞もまた放射線によるDNAの損傷を修復できずに細胞が生きていけなくなるからです。このような性質を利用した、いわば「毒を持って毒を制す」治療法が、既に開発され実用化されています(PARP inhibitorsなど)