ASAMETは、大腸癌予防の切り札になるか?
現在、大腸癌予防効果が科学的に最も多く証明されているのはアスピリン(抗炎症剤)です。そして2番目がメトホルミン(糖尿病治療薬)です。両者とも「副作用が少なく、価格も廉価」で「多くの方が予防目的に服用する」のに適している薬です。当院では2018年より、「大腸癌ハイリスクの方」を対象にアスピリンの処方を開始し(詳細)、メトホルミンについては「現在、検討中」です。
そして現在、この二つの薬の併用(アスピリン(ASA)+メトホルミン(MET)=ASAMET)の効果を調べる臨床試験が進行中です。
ASAMETは大腸癌だけではなく、他の多くの癌(膵臓癌、前立腺癌、乳癌など)と、心筋梗塞、脳梗塞など「動脈硬化・肥満に起因する病気」を予防する可能性があり、世界中の専門家が、その結果に注目しています(2019年 横浜市大レビュー)。この試験では治療効果の判定は「NFκBの活性の測定」で行われます(理由は以下に述べます)
ASAMETの臨床試験の発表は未だですが、現時点で報告されているASAとMET併用の効果をまとめます。
2014年 米国の報告
「ASAMETの膵臓癌への効果の理論的根拠と主張」を述べたレヴュー。膵臓癌の培養細胞で調査し「腫瘍の死」で効果判定。「併用(ASAMET)は、ASA単剤、MET単剤よりもsignificant synergistic effects 」がある
2013年 英国の報告
大腸癌細胞の培養細胞で調査。酵素(AMPKキナーゼ、mTOR活性)で効果判定。「併用(ASAMET)は、ASA単剤、MET単剤よりもstriking additive effect 」がある
2018年 イタリアの報告
進行した大腸癌の方を対象にした臨床試験。「併用(ASAMET)して服用している方」は、「ASA単剤、MET単剤を服用している方」「どちらも服用していない方」よりも生存期間が延長する。
2020年のイタリアの報告
11名の患者から「大腸癌オルガノイド(癌・幹細胞から成る培養器官)」を樹立することに成功した。これを用いて「癌細胞の生存と転移性」へのASAMETの効果を調査した。ASAの効果は「患者ごとの違いは無く有効」。しかし、METの効果は「患者ごとに差があった」。ASAMETの併用効果は「METが効果が有った方に限定して」見られた。
アスピリンとメトホルミンの作用機序は?
一般に「異なる作用機序の薬剤の併用」が、効果的です。大腸癌は「五つのシステム異常」で発生します(⇒TCGAプロジェクト)。理論的には「WNT阻害剤・RAS阻害剤・mTOR阻害剤の併用」が最も理想的です(⇒大腸癌撲滅へのロードマップ 、⇒ポリープを薬で治す時代へ)が、まだ予防的投与ができる段階ではありません。
アスピリンとメトホルミンが大腸癌を予防する機序は、下図の「仮説」が有力です。両者の機序は一部、重複しています(そのため併用を疑問視する意見もあります)が、ASAはCOX,STATを、METはAMPK,IGFをメイン・ターゲットにしており、ここは別です。(共通のターゲットにNFκBがあります。ASAMET治験では、治療効果判定にNFκBが使われているのは、このためです
上記論文より引用 AMPK;飢餓センサー、NFκB・STAT3:炎症・ストレスセンサー、COX:アラキドン酸代謝、mTOR細胞成長制御、70S6K:タンパク合成
メトホルミンは糖尿病の薬では「最も古い薬」です。なぜメトホルミンなのか?
糖尿病の方は癌のリスクが高いことが解っています(高血糖が癌を促進するからです)。そして、インスリン、DPP4阻害剤、GLP1などインスリン分泌促進型の糖尿病治療薬も癌を増加します。インスリンが細胞成長を促進するからです。メトホルミンは逆にインスリン分泌を抑制します。(2019年レビュー)
メトホルミンが「糖尿病患者の癌予防効果がある」ことは、海外で複数の報告がありました。2016年に、横浜市大が「糖尿病でない方でも」有効であることを報告し、「サプリメント的な癌予防薬」の可能性が注目されました。
更に・・・・3剤併用(カクテル)の可能性は
予防的服用は「副作用が少なく廉価である」点が重要です。この意味でASAMETと並ぶ薬剤は見つかっていませんが、いくつか、候補はあります。現時点で3剤併用のポリープ予防効果を調べた臨床試験はありません。ここでは過去の臨床試験からの予測を述べます。
「ASAMET+カルシウム剤(ビタミンD)」はどうか?
20年前から、カルシウム剤(ビタミンD)に大腸癌予防効果があるという報告が多数有りました(1999年NEJM、2000年LANCET,、2005年メタ解析、2010年メタ解析、2016年メタ解析、2019年)。カルシウム剤(ビタミンD)は「副作用が少なく廉価」なので「多くの方が予防的に服用する」という目的に合います。
作用機序は完全に解明されていないのですが、ビタミンDはWNT系を抑制するという報告があります。ASAMETは主にmTOR系に働きますので「異なる作用機序の併用」になりますから「非常に有望なカクテル」と言えます
しかし・・・・「カルシウム剤(ビタミンD)に大腸腫瘍抑制効果効果は無いという2006年NEJMの報告、 2016年NEJMの報告、が相次ぎました。更に「アスピリンとカルシウム剤(ビタミンD)併用にも大腸腫瘍抑制効果効果は無いという報告が2015年にありました。更には「カルシウム剤(ビタミンD)はSSAP型ポリープを増加させSPSを悪化させ大腸癌を促進する」という報告まであり「論争」に発展しています
<予測>カルシウム、ビタミンD不足気味の人(骨粗鬆症の方、日光にあまり当たらない方)なら・・・「ASAMET+カルシウム剤(ビタミンD)」カクテルは「非常に有望」かもしれません。
「ASAMET+EPA」はどうか?
「魚を多く食べる人は大腸癌が少ない」という疫学的報告があり、2011年、国立がんセンターの臨床試験で「EPAが大腸癌を予防する」と報告されました。EPAも、「副作用と価格」の点で「多くの方が予防的に服用する」という目的に合います。
心筋梗塞(動脈硬化)予防の点で「アスピリンとEPAの併用は効果的か?」というのは心臓の先生の間では議論になっていました。
同様にEPA併用のポリープ予防効果も議論になっており、効果を疑問視する報告も多く、2018年LANCETにはEPAもアスピリンも併用も大腸腫瘍抑制効果効果は無いと報告されました(The seAFOod Polyp Prevention trial)。ただ、この解釈について「効果はある」という反論が2019年Natureに掲載されており解釈が微妙です。
<予測>アスピリンにEPAを併用すれば、当然「出血し易くなる」という副作用が大きくなります。動脈硬化のリスクが高い方には有益かもしれませんが、そうでない方には不利益の方が高いと思われます。
「ASAMET+スタチン」はどうか?
コレステロールを下げる薬として、多く使われているスタチン(商品名:メバロチンなど・・)に大腸癌予防効果があるという報告が、複数あります(2005年NEJM、2016年 2019年 )。しかし効果は無いという報告もあります(2019年 2019年)。
<予測>コレステロールが高くない方が大腸癌予防にスタチンを服用する意義の医学的証拠は、現時点では不十分と言えます。
「ASAMET+βブロッカー」はどうか?
高血圧の薬(βブロッカー)も腫瘍予防効果が確認されています。ASAMETとβブロッカーが乳癌を抑制するという報告があります
<予測>近年の高血圧の治療は「アンギオテンシン系の抑制が臓器保護の点で最も良い」とされ、βブロッカーは人気がありません。そのため、このカクテルはメジャーにはなり難いと思います。
「ASAMET+タミフル」はどうか?
タミフル(Neuraminidase-1阻害剤)の抗腫瘍効果は最近、注目されています(2016年Review 2019年文献)。Triple Negative乳癌(最も悪性度が高い)に「ASAMET+タミフル」が有効という2020年の報告がありました。しかしタミフルは「副作用と価格」の点で「多くの方が予防的に服用する」という目的には難しいかもしれません
<予測>将来、副作用の少ない廉価なNeuraminidase-1阻害剤が登場すれば、ポリープ予防を目的に使われる可能性はあります
「ASAMET+プロバイオティクス」はどうか?
詳しくは「腸内細菌と大腸癌」に記載しましたが
(1)現在市販されている乳酸菌(ラクトバチルス菌、ビフィズス菌)は、臨床試験などから大腸癌予防効果は無いと思われます
(2)市販されている物ではミヤイリ菌(酪酸菌)とストレプトコッカス(thermophilus)が効果が有るかもしれませんが証拠は不十分です
(3)実験段階ですが酪酸菌であるホルデマネラ菌と慶應大学の「腫瘍免疫強化11株」は期待が持てますが臨床応用は先です。
<予測>まだ先の話ですが、ASAMET+ホルデマネラ菌+「腫瘍免疫強化11株カクテル」は「大腸癌予防の王道」となる可能性があると予想します。一方、ASAMETは免疫(炎症)を抑制する方向の薬剤なので併用が効果が有るかは検証が必要です。