第3のポリープ「若年性ポリープ(過誤腫)」。では、第4はあるか?

大腸癌を予防するには「全ての前癌病変」を根絶することが鍵です。攻撃対象となる第一のポリープは「腺腫」で、これが、主役です。そして第二のポリープは「過形成ポリープ(SSAP)」です。長い間、癌化しないと放置されて来ましたが、予後の悪い大腸癌(CMS4)と深い関係があることが遺伝子解析で突き止められた、いわば「真打」です(詳しく)。そして最近、注目されている第三のポリープが「若年性ポリープ炎症性ポリープ(IFP,IMT)などの過誤腫」です。過形成(SSAP)と同様に長い間、癌化しないと考えられて来ましたが、最近、遺伝子解析で危険性が解明されています。(ただ、頻度から言うと「脇役」です)。

では、第4はあるのでしょうか?言い換えるなら、医学は全ての前癌性ポリープを同定したのでしょうか?

そもそも、未知のポリープを予測することは可能でしょうか?・・・・・全ゲノム解読が、これを可能にします

遺伝子解析で大腸癌の全貌が解明されて・・・・
私が分子生物学の研究をしていた30年前は「癌で変異している遺伝子はあまりにも多く、全貌解明は不可能」と考えられていました。しかし300人の大腸癌の全ゲノムを解読した結果(米国TCGAプロジェクト 下図)現在は「癌化のメカニズムは、実は驚くほど単純だった」と多くの研究者は考えています。

大腸癌の全遺伝子解読から、ほぼ全ての大腸癌は、以下の「5つのシステム異常」により発生することが解ったのです

(1)WNTシステムの異常(幹細胞化)
(2)細胞分裂システムの異常(RAS/RAF/MAP伝達系の亢進)
(3)細胞成長システムの異常(PI3K/TOR系の亢進)
(4)ブレーキシステムの異常(TGFβ系の破壊)
(5)自殺システムの異常(p53系の破壊)


人の癌で見つかる主要な遺伝子は300種類あり(癌化の原因になりうるのは約3000と予想)多岐に渡ります。しかし、どの遺伝子であれ、大腸癌では結局は、この、どれかのシステムの異常に帰結されます。「個々の遺伝子の異常」ではなくて、「システムの異常」が癌化の本質だった訳です(The Cell 6版より)



抗癌剤耐性になったり、幹細胞化して転移するには、更に別なシステム異常(エピゲノム異常)が必要なのですが、「大腸癌発生」はこの「5つのシステム」が主要ドライバーです。因みに他の多くの癌では、「Rbシステムの異常が一般的」で、「WNTシステムの異常」は見られません。大腸癌とは「WNTシステムが異常になり、Rbシステムが正常な癌である」とも言えます。また、胃癌も「WNTシステム異常」であることが報告されました。胃癌も「大腸癌と同じタイプ」と言えます

ポリープ(前癌病変)とはシステムが1個だけ異常になった状態

システム異常が1個だけで初期のポリープが発生し、異常が累積され、2システム異常で「進行したポリープ」になり・・・「5システム全てが異常」になると「生物学的な意味で完璧な大腸癌」になる訳です

 最初に異常が起こるシステム  該当するポリープ(良性の前癌病変)
 (1)WNTシステムの異常  腺腫
 (2)細胞分裂システムの異常  過形成ポリープ
 (3)細胞成長システムの異常  過形成ポリープ、炎症性ポリープ(IFP)
 (4)ブレーキシステムの異常  若年性ポリープ(過誤腫)
 (5)自殺システムの異常  ポリープはできない

 詳しく・・・(専門的)
「成長」とは細胞が大きくなる現象で分裂とは区別されます。成長シグナルが無く、分裂シグナルだけだと細胞はどんどん小さくなります。ゲノム不安定型(HNPCC型)は変異蓄積の速さが加速されますが、起こる異常は同じです。WNTシステムの異常は大腸癌の95%に見られますが、これは「大腸癌の95%が腺腫由来」という意味ではありません。最初にWNTが変異したのが腺腫という意味で、過形成ポリープも最後にWNTが変異して癌化します(詳しく)。過形成ポリープの原因は分裂システムの異常ですが、表現型としては「Rbシステム異常(G0/G1 check point破綻)」と同一になります。(3)成長システムの異常は過形成ポリープになることはPTEN異常(Cowden病)に過形成ポリープが多発することから解りますが、「臨床的には分裂と成長の異常は区別できない」と言えます。若年性ポリープの原因遺伝子は未解明ですが、遺伝性(多発性)若年性ポリープの原因はブレーキシステムの異常であることが解明されましたから、ここが原因と予測されます。また炎症性ポリープ(IFP,IMT)ではALK(レセプター型チロシンキナーゼ)の異常が報告されています(5)自殺システムの異常だけでは腫瘍は発生しないと考えられています。これは遺伝子変異が蓄積した後に「DNAの修復を試み、修復不能なら自殺させる」遺伝子だからです。実際にp53を破壊したマウスは「正常」です。しかし、ここのシステム異常はゲノム不安定性を起こしますから、言わば「局所的HNPCC状態」を作る訳ですが、見えないので、当然、ポリペクトミーの対象外です。

では・・・第4(未知)のポリープ(前癌病変)はあるか?


研究者でしたら「推測の話は意味が無い」と言うでしょうが、臨床ではポリープへの先制攻撃は大腸癌予防の根幹です。「遺伝子が解明されたポリープだけ切除すればいい」訳ではありません。

ここからは私見による推測の話になりますが、以下のような「第4のポリープ」の予想について述べます

(1)ポイッツ・イエーガス型ポリープ
(2)MYC型ポリープ
(3)若年性大腸癌の元となるポリープ
(4)エピゲノム型(ARID1)ポリープ


(1)ポイッツ・イエーガス型ポリープ
ポイッツ・イエーガス症候群という、極めて稀な遺伝病に見られるポリープ(癌)です。上記のTCGAプロジェクトでは、このポイッツ・イエーガス症候群は解析対象に入っていません。原因遺伝子は「細胞の極性(細胞の上下、向き)」を決める遺伝子です。これは上記5つのシステムとは全く別の物です。では遺伝性ポイッツ・イエーガス症候群でない、通常の方の腸に「細胞極性異常が原因のポリープ」が発生したら、それは、どのような形態なのか?遺伝性の方のポリープと同じ形態なのか?現時点では研究報告は無く謎です。しかし分子生物学は細胞極性と癌化の深い関係を解明しつつあり、そのようなポリープは稀ならず存在するはずです

(2)MYC型ポリープは存在するか?
上記の図にあるようにMYCはシステム(1)とシステム(4)を統合する集積回路で大腸発癌の中心となります。MYCの異常(染色体8q24増幅)は大腸癌では頻度は低く、「MYC単独で異常になった大腸ポリープ」というのは報告されていません。しかし、医師が気付かないだけで、存在しないはずはありません。理由は簡単でMYCはRASと並んで「人で変異が起き易い、代表的癌遺伝子」だからです。(MYCの性質から)それは、分化度の低い危険性が非常に高いポリープと予想されます。

(3)若年性大腸癌の元となるポリープ
「若年性大腸癌」は、上記のTCGAプロジェクトでは解析対象に入っていませんが「通常の大腸癌と遺伝子が全く違う(トランスポゾン)」ことが解っています(参考 若年性大腸癌)「若年性大腸癌の元となるポリープ(トランスポゾンで発生するポリープ)」は、どのような形態なのか?は謎です。個人的には「家系に若年性大腸癌がいる若い方の直腸・S字結腸のポリープは全て放置すべきではない」と考えます

(4)エピゲノム型ポリープは存在するか?
エピゲノムというのはDNA自体は変化せずに、高次構造(クロマチン)が変化して遺伝子発現が変化する現象です。そのため「ゲノム解読」では解りません。上記TCGAプロジェクトでは解析対象外です。例えば過形成ポリープは「エピゲノム異常(CIMP)」が見られます(詳しく)。では「エピゲノム異常だけ」の癌、ポリープは存在するのでしょうか?

網膜芽細胞腫という子供の目の癌が「一つの遺伝子変異(Rb)プラス15個の遺伝子のエピゲノム異常」で発生することが解りました
更に小児の肉腫ではSWI/SNFという「クロマチン高次構造」を変える再構成複合体の「単一の遺伝子異常だけで」癌が発生することも解りました(日本語総説
上記のTCGAプロジェクト図表にあるように、ARID1は、かなりの頻度で大腸癌で変異しているのですが実は「SWI/SNFの一部」で「クロマチン高次構造」を制御しています。
また、大腸と生物学的に似ている胃癌ではSWI/SNFの異常が癌の原因であることが解明されています(東大病院HP)。ここをターゲットにした新薬の治験もあるようです。

これらの知見は「SWI/SNF=クロマチン高次構造異常が原因の大腸癌、大腸ポリープ」が、存在するはずであることを示唆します。クロマチン高次構造は「多細胞生物の分化」を制御していますから、腺癌と扁平上皮癌の中間型や未分化癌などの「分化異常を起こした癌」の発生に関与しているはずです。そのような癌の前癌状態は、どのようなポリープなのか?その姿を知りたい、というのが大腸内視鏡医の強い想いです。

「クロマチン高次構造」は現在の分子生物学で最も難解で最先端な内容であり、多くの専門家が「癌研究の最後の砦」「解明が癌との最終的な戦い」と考えています。



さて・・・先に「驚くほど単純」と書きましたが、正確には以下のように言うべきでしょう

「ポリープの大部分は、その発生機序を複数のシステムエラーで明快に記載できる。しかし、まだ説明できない未知のポリープも、一部、あるはずである」

内視鏡で詳細な観察をすると「明らかに腫瘍だが腺腫でも過形成でも若年性でも無い、分類不能なポリープ」が見つかることが稀ではありません。病理検査をしても「過形成変化・炎症性変化」としか診断はつきませんし、遺伝子検査(ゲノム解読)は、とても現実的ではありません。

臨床の現場では、プラグマティックな判断が必要ですが、実は、答えは、もう出ています。

TCGAプロジェクトと歩調を合わせるように、米国の消化器病学会は、2012年にガイドラインで以下のように明記しています(資料

The recommendations(guidelines) assume that all visible polyps were completely removed

 All visible polypsを切除すべきという理論は、細胞の寿命という観点からも合理的です。例えば上記にあるように「p53が変異した細胞」は内視鏡で認識できません。しかし、全く脅威ではありません。変異は多くの場合は分裂増殖帯(参考 ポリープは老化するか?)で起きます。3日後には細胞は老化し寿命を迎えるからです。しかし原因が何であれ All visible polypsは細胞の寿命が延長していることを意味します。ここにp53変異が起これば、重大な脅威になります。つまり切除の適応であるという意味です。