増加する「若年性大腸癌」の原因は利己的DNAかもしれない

最初に用語の定義
50歳以下で発症した場合に、「若年性大腸癌」となります。家族性大腸癌(腺腫症、HNPCC、SPS)の家系の方は若くして大腸癌になる危険が高いのですが、ここでは家族性大腸癌は除外します。「非家族性、非遺伝性の若年性大腸癌」が増加しているというのが、今回のテーマです。

どの位増えているか?
現在の若年層の大腸癌のリスクは「祖父母の世代の同年代の2〜4倍」と予想されています(文献)「現在の35歳のリスクは昔の50歳と同じ」という主張もあります

検診の影響ではない
当初、増加の原因は「50歳以上は検診を受けた結果、大腸癌が減った。その結果、若年層の相対比率が高くなった」と思われました。しかし、これは統計解析により否定され、「若年性大腸癌の実数が確実に増えている」と結論されました

特徴は
左側(直腸・S字結腸)に多い。ポリープの合併は多くない。未分化で悪性度が高い物が多いなどが解っています

なぜ増加しているか?
(1)小児期の頻繁な抗生物質使用が原因という説があります。腸内細菌の変化だろうという説です(文献
(2)小児期にレントゲン被曝があった方は若年性大腸癌のリスクが高いと報告されています(文献
(3)1990年代前は極めて少なく、その後、年2%の割合で急増しており、何らかの環境発癌因子への暴露が予測されています(文献
(4)当初は「白人に起きている現象でアジア人には関係ない」と言われましたが、最近、日本、台湾、韓国の共同研究で「アジアでも急増している」と報告されました
(5)肥満と高脂肪食は重要な大腸癌の原因ですが、若年層の食事の変化と肥満の増加が原因かもしれないと指摘されています


進む若年性大腸癌の遺伝子解析

我々の遺伝子が変異する機構は3つあります
(1)DNAの突然変異(これが、ひどいのがMSIです)
(2)染色体同士の組み換え(これが、ひどいのがSCNAです)
(3)動く遺伝子(利己的遺伝子)の挿入(トランスポゾン)

(3)は(1)(2)に比べると頻度は稀です。細胞にとって(1)(2)は「日常的現象」ですが(3)は特別イベントです。



「ほとんどの癌は突然変異の増加(MSI)か染色体組み換えの増加(SCNA)のどちらかを示す。しかし、両方を示すことは無い(The Cell 6版20章)」という重要な原則があります。つまり多くの癌は「遺伝子の変異率が非常に高い(不安定なDNA)」という意味です

若年性大腸癌の遺伝子解析の結果、以下のような事が解りました。
 マイクロサテライト不安定性(MSI)は見られない(文献1 文献3
 染色体不安定性(SCNA)は見られない(文献3
 他に・・・DNAのメチル化(CIMP)が少ない。(文献1)。BRAFの変異は無い(文献1 文献2)MSIは有り「BRAF正常のCMS1」という報告(文献2)もありますが、割愛します

上記の分子生物学の原則に反する「MSI無し、SCNA無し」の癌をMACS(Microsatellite and Chromosome Stable)型と呼びます。上記にあるように若年性大腸癌は、MACS型のことが多い訳です(文献 総説

「遺伝子の変異率が非常に高い(不安定なDNA)」という性質は癌化に必須であるというのが現代の定説です。

当然の流れとして・・・研究者たちは(3)動く遺伝子(利己的遺伝子=トランスポゾン)がMACS型癌の原因ではないか?と考えます。

人で最も多いトランスポゾンはLine1と言います。そして2012年2018年に「MACS型若年性大腸癌でLine1が活発に動いているようだ(低メチル化)」という報告がありました。


トランスポゾンは、どのような原因で動くのか?動くのを予防する方法はあるか?はよく解っておらず、現在最も研究が新しい分野の一つです。
解っていることは「生物の進化(多様性)の主な原因」であるということです。トランスポゾンは移動の時に巨大な遺伝子を「一緒に運んで」移動することが多くゲノムに「劇的な変化」を起こします。
「突然変異」と「染色体の組み換え」だけでサルが、人に進化するのには何万年も必要なのですが、あるトランスポゾンにより「一瞬だった」と考えられています

個体が強いストレスにさらされると生物は多様性で乗り切るためにトランスポゾンが動くという説もあります(例えば抗生物質耐性菌はトランスポゾンによって出現します)・・・現代の若者は、今まで人類が経験していないストレス(何らかの環境因子)に曝されているのかもしれません。


検診の対策は?
直腸・S字結腸に多いことから若年層に下剤を服用した全大腸内視鏡を施行する必要は無く「S字結腸内視鏡」で十分であるという主張があります。「肥満・喫煙・飲酒など生活因子に問題のある若年層」を検診対象にすべきという主張もあります。欧米の大腸癌検診(便潜血)は50歳から開始ですが、ポリープが45歳頃から増え始めるので45歳から開始すべきという主張もあり、健診開始年齢の変更(50⇒45歳)も本格的に検討されているようです。

一方、日本の大腸癌検診は40歳からです。日本は「検診が過剰である」と批判されていましたが・・・・若年性大腸癌の対策は日本が先を行っていた(欧米が、今、慌てて軌道修正している)訳で、今まで通りの検診(便潜血)を受けていれば、「方針の変更」は特に必要ないと考えますが・・・・若年層の大腸癌死亡を減らすことの国家的意義は大きいです。対策は、今後の重要課題になるでしょう

<文献>2019年総説(イタリア)2019年総説(オーストラリア)