10年以内に薬でポリープを治す時代が来る?

最近、ポリポーシスの患者さんを対象にして分子標的薬(EGFレセプター阻害剤)と炎症を抑える薬(アスピリンなど)の併用でポリープが劇的に減少したという報告が相次いでいます(文献  文献 文献
ポリポーシスの方は数百のポリープができるために内視鏡で完全にゼロにするのが難しく外科手術(大腸の全摘)が選択されます。それなら高価でも「分子標的薬の方がいい」という考えが出てくる訳です

多くの方は、この報告を「ポリポーシスという特殊な病態の方の話」と思うでしょうが・・・そうではありません。
ポリポーシスの方に発生するポリープも、通常の方に発生するポリープも遺伝子変化は全く同じであることが解っています。ポリポーシスの方は「生まれた時から、遺伝子に異常がある」だけ、通常の方は「後天的に異常が起こる」だけの違いで、その中身は全く同じなのです。つまりポリポーシスの方に有効な分子標的薬は通常の方に発生するポリープにも有効なのです。

大腸癌・ポリープの遺伝子異常は、ほぼ100%解明されています(米国のTCGAプロジェクト 
そして世界中の製薬会社(特にベンチャー企業)が、これらの遺伝子異常をターゲットにした新しい分子標的薬の開発を続けてています。

現状では分子標的薬は癌の患者さんを対象にしているため非常に高価です。しかし通常の方に発生するポリープを対象にすれば、大幅なコストダウンが可能になります。また進行した癌を分子標的薬で根治させるのは至難の業です。複数の癌遺伝子が多重変異しているからです。しかし、初期段階(つまり変異した遺伝子が少ない良性のポリープの段階)では分子標的薬で根治させるのは容易なのです

内視鏡でポリープを切除するのは「見えるサイズ」でないと不可能です。しかし分子標的薬なら見えない初期病変も根治しますから「1度、服用すれば10年間は大腸癌にならない」という長期効果も期待できます

では・・・(上記のEGFレセプター以外では)どの分子が攻撃目標になるでしょう?



第一の攻撃目標はWNT!
上記のTCGAプロジェクトで(1)WNT系の異常(2)増殖因子シグナル伝達系の異常(3)PI3K系の異常(4)TGFβ系の異常(5)p53系の異常の「5つのシステム異常」が、大腸癌・ポリープの発生に「ほぼ必須」の要件であることが確認されました

この中でも特に、多くのポリープ(腺腫)が最初に「WNTの遺伝子異常」から始まることが解明されています(多くの場合はWNTを阻害するAPC遺伝子に欠陥が起きてWNTが亢進する)
多くの研究者が「WNTが大腸癌の最重要ターゲット」であると考えています(2014年レヴュー 2015年レヴュー 2017年のレヴュー )


治験が進むWNT阻害剤

世界中で多くの種類のWNT阻害剤が開発され癌の患者さんへの臨床治験が進行中です(2017年レヴュー)。その多くは大腸癌の癌・幹細胞を標的にした強力な小分子で、良性ポリープ(腺腫)を対象にした研究は,まだありません。
2014年に腺腫症モデルマウスへ強力なWNT阻害剤を投与したが副作用が強くポリープ予防効果は確認できなかったという失望の報告があったのみです。

しかし癌の治療で「副作用の無い効果的なWNT阻害剤」が見つかれば「次は腺腫の治療へ・・・」という流れが当然、起きるでしょう。
WNTを阻害するという方法は正常な腸の幹細胞も傷害し副作用が避けられないので「損なわれたAPCを補充する」という薬剤なら副作用も少ないかもしれません(マウスを使った実験で完成した大腸癌にAPCを再生させることで癌が消滅することが報告されました。2016年 CELL論文

別の流れの研究も最近、散見されます。「天然由来成分や、既に臨床で使われている他の薬剤(Re-positioning)」でWNTを阻害する物を探し出し良性のポリープ(腺腫)を予防できないか?という研究です。以下に文献を挙げますと・・・

第二の攻撃目標はRAF!

腺腫とは別の、もう一つのタイプである過形成ポリープでは最初に「RAFの遺伝子異常」から始まることが解明されています
これが重要なターゲットになります


実用化されているRAF阻害剤・・・・・しかし結果は「失望」

RAF阻害剤は、最近、日本でも保険適応になった分子標的薬で悪性黒色腫、肺癌、大腸癌など多くの癌に有効です。今、最も注目されている分子標的薬で、従来の「〜(臓器)癌には、この薬を使う」という考えではなく「臓器は関係なく、まず遺伝子を調べてRAFが変異していたらRAF阻害剤を使う」という新しい使い方が提唱されています(2015年 NEJM誌論文)。RAFが変異した大腸癌(過形成ポリープ由来の癌)にも非常に有効です。

癌の治療のためにRAF阻害剤を投与された患者さんは、大腸内にできた過形成ポリープが消えてしまうだろう・・・多くの専門家が、そう予想しました。

しかし、結果は逆でした。

RAF阻害剤投与により大腸内に過形成ポリープが新生するというParadoxicalな現象が報告されたのです(2015年論文 2017年論文 )

この現象の機序を解明し腫瘍増加という副作用の無い「第2世代のRAF阻害剤(Paradox Breaker)」が開発中です(2017年論文
第3の攻撃目標はRAS!

RASは「人の癌で最も高頻度に異常が見つかる癌遺伝子」であり、大腸の癌化では比較的・初期、良性のポリープの段階で異常が起きます(ACFという微小なポリープの芽でも異常が検出されます)。従ってWNTやRAFと並んで「初期病変の有望な攻撃目標」になります。

しかし世界中の試薬会社がRAS阻害剤の開発に莫大な予算をかけましたが失敗し撤退しました。2014年Nature誌は「Undruggable(創薬不能)である」と悲観論を書きました。

しかし2015年のNature誌では「RAS ルネサンス」と題し困難に立ち向かう研究者達の進歩を紹介しています

そして日本でも神戸大学のグループが突破口になるのではないか?と言われている研究をしています(2013年 2017年 論文)

真の攻撃目標はACF(超微小病変)=新規ポリープの発生予防
ACFというのはポリープの芽(顕微鏡レベルの超微少なポリープ)です。多くの専門家が、ある程度の大きさになったポリープを副作用の無いレベルの薬剤で消滅させるのは現実的では無く、対象を超微小病変(ACF)にして「内視鏡によるポリープ切除の補助」にするのが合理的であると考えています。ACFを消滅できれば、ポリープの発生も予防できる訳です。

人への投与で炎症を抑える薬(アスピリンなど)と糖尿病治療薬(メトホルミン)がACFを減少・消滅させることが確認されています。また最近、欧州で「アスピリンとメトホルミン併用によるポリープ予防効果」を調べる試験も始まりました。大腸癌は4タイプ(CMS1〜4)がありますが、アスピリンはCMS1(右側、HNPCCタイプ)に有効というデータが多く、メトホルミンはCMS3(糖代謝亢進型)に有効と予想されますから併用は合理的であると予想します。

これらは「内視鏡で見えるポリープを全て切除した後に服用してACFを消滅させ新規ポリープを予防しよう」という研究です


このように期待と失望が混沌とした状態ですが10年以内には大きな技術革新が起こると思います。
「内視鏡でのポリープ切除」と分子標的治療薬を組み合わせるという方針は10年後には主流になると思います



全くの私見ですが、私が予想する10年後の大腸内視鏡です
 1 まず内視鏡で見えるポリープを全て切除する (クリーンコロン)
 2  この時、正常粘膜を多数、採取し遺伝子検査に回して大腸全体に起きている遺伝子異常を解析する
 3  2は便中DNA検査や血液のバイオマーカー検査が代用されるかもしれない
 4  初期遺伝子異常としてWNT、RAF、RASのどれが検出されたかに応じてWNT阻害剤、RAF阻害剤、RAS阻害剤を投与することで「見えないポリープ(ACF)」も全て根治する
 5  便中DNA検査や血液のバイオマーカー検査で異常遺伝子の陰性化を確認する
 6  予防的にアスピリン、メトホルミンのどちらか、あるいは両方併用で服用する
 7  これで10年は大腸内視鏡は不要になる