大腸内視鏡の見落としの原因は何か?
前回の記事で「大腸内視鏡では150回に1回の割合で致命的な見落としが起こる」という衝撃的な事実を述べました。
但し見落としの原因が全て医師の職務怠慢か?というと、話はそんなに単純ではありません。大腸内視鏡の見落としは、最近、研究が非常に進んでいる分野なのですが内視鏡後・大腸癌には「多くの除外規定」があり見解が分かれます。近い将来は「ここまでは不可効力の見落とし」「ここからは医師の職務怠慢」というルールが作成されるはずです。
原因1 認識の失敗
まずモニターに映った病変を医師が認識に失敗するという場合があります。この対策として複数の目(看護師)で確認する、人工知能(AI)で補助する、などが考えられます。しかし、これはゼロではありませんが要因としては小さいです。2019年の臨床試験ではAI(人工知能)補助診断下でのADR(腺腫発見率)は29%に止まり、十分な成果を出せませんでした。ドイツの2019年の臨床試験では「AIは医師より見落としが多い」という結果でした。
原因2 解剖学的・物理的な死角
「腸のヒダ」の裏側、屈曲の裏側、憩室、残便などが原因となる「死角」が大腸内視鏡の見落としの最大の原因です
世界中の医療ベンチャーが、この死角を無くすための様々なデバイスを開発・販売しています
しかし・・・機器が複雑になると「内視鏡が太くなり操作性が悪くなる」「腸壁を傷付けやすい」「高コスト」などの問題があり、普及に至る決定的なデバイスはありません(「None is Winner」と言われています)
原因3 検査の飽和と短時間化
これは上記の二つの原因とも深く関係するのですが、世界的に大腸内視鏡の件数が多くなりすぎたため1件当たりに時間がかけられなくなっています。世界で最も大腸内視鏡の盛んな日本は、世界で最も検査件数が飽和しています。
原因4 実はポリープ(前癌病変)を経ない大腸癌(de novo癌)が存在する?
日本ではかって、このような説もありましたが3千人以上の大腸癌のゲノム解読により、否定されました。大腸癌の発生には最低でも「5つのシステム異常」が必要で、これはダーウインの進化論に従います。つまり偶然の遺伝子変異が起き、これが選択されるという考えです。腫瘍の発生も本質的に同じで(腫瘍進化)細胞増殖に有利な変異、不利な変異が偶然に起こり「有利な変異が起きた優位クローン」が徐々に選択されて癌に至ると考えられています。魚が、いきなり哺乳類に進化しないように、正常細胞が一度に「5つの優位変異を獲得して癌化する」偶然は起きない訳です
原因5 急速に癌化するポリープがある(HNPCCタイプ)
De novo癌は否定されましたが、急速に癌化する「De novoに近い性質のポリープ」の存在も分子生物学により解明されました。遺伝子修復機能に障害があり変異が短期間で蓄積する(ゲノム不安定)のです。腸の細胞は、人体で最も細胞分裂が盛んです。遺伝子が不安定なら5つのシステム異常を1年で獲得することもありえる訳です(HNPCC状態とSSAP,CMS1型癌)。まず遺伝子検査で「ゲノム不安定性(HNPCC状態)」を調べて、検診間隔を決めようという意見もありますが、実用には遠い状況です。
患者さんにできることは「検査中にモニターを見る」ことです。医師が丁寧な観察をしているか否かは患者さんでも見れば判断できます。ここが生命線になります。検査中にモニターを見れない(見せてもらえない)場合は、高精度の検査は期待しない方がいいでしょう。
大腸癌への勝利はあるか?・・・・半減が限界
大腸癌減少に世界で最も成功したのは米国です。検診とポリープ切除の普及で大腸癌死亡をピーク時の半分にすることに成功しました。
一方、日本では大腸癌の増加が止まりません。日本では年間6万人近くが大腸癌で死亡します(2019年度統計)。「大腸内視鏡を全国民に義務付けてはどうか?」という意見があります。予測として死亡率は半分となり、年間3万人が救命される計算になります。しかし同時に年間3万人の方が「内視鏡を受けたのに大腸癌で死亡する」という事態になると予測されます。
米国のデータより( N Engl J Med 2012)
二極化する大腸内視鏡
2010年にポーランドから下記の報告(NEJM 2010)があり世界中の専門医の話題になりました。ポーランド国民の大部分は日本や他国と同様に「流れ作業の内視鏡」を受け、その後に、かなりの確率で大腸癌になっています。しかし、極一部の「高精度な検査をする医師」に検査を受けた人たちは大腸癌に、ならないという内容です。(これは日本のトップ・レベルの病院の60分の1という驚異的な低さです)
内視鏡件数の爆発的増加により「流れ作業の内視鏡(麻酔で快適です)」と「高精度の内視鏡(時間も費用も、掛かります)」への二極化が今、世界中で起きている現象です
「流れ作業と二極化」を象徴する報告が米国からありました。米国富裕層は大腸癌が激減しました。一方、米国・黒人は白人よりも内視鏡後・大腸癌が非常に多いのですが、調査で黒人はポリープの発見と切除が白人より少ないことが解りました。つまり白人と比して黒人は「流れ作業の検査」を受けており、癌が十分に予防されていないという意味です。
最近、大腸内視鏡の質(精度)の指標(Quality indicator)が精力的に研究されています。
〇=高精度の指標 ✕=精度が低い指標 △=検査の質とは関係は無い
再診の方の大腸癌の診断が多い ✕ 内視鏡後・大腸癌が少ない 〇 件数が多い。検査時間が短い ✕ 観察時間が長い 〇 切除するポリープの数が少ない ✕ 腺腫、SSAPの発見率が高い 〇 AI(人工知能)補助診断 △ 死角減少デバイスの使用 〇 苦痛が少ない。評判・口コミが良い △ 検査の成功率(盲腸到達率)が高い 〇 拡大内視鏡、細径内視鏡 △ 高解像度・色素内視鏡 〇