見えてきた微小癌(Uc癌)の正体。ポリープが少ないのに癌の危険が高い「HNPCC状態」とは?
通常は「大腸癌の危険性の高い人」=「ポリープが多数、できる人」です。
しかし、この原則に当てはまらない方たちがいます。ポリープが少ないのに大腸癌が突然、発症する方たちです。どうして、そのような現象が起こるか?というと「遺伝子の修復機能(MLH1)」が弱いために、通常よりも短期間で遺伝子の異常が蓄積されていくのです。その結果「微小なポリープが短期間(1年前後)で癌に変わる」ことも起きえます。
当初、このような方たちは「遺伝性大腸癌、HNPCC、リンチ症候群」と呼ばれ、「全大腸癌の1%」が該当すると考えられました。しかし最近は、「遺伝子の修復機能低下=MLH1欠損が原因の大腸癌」は「全大腸癌の15%」を占めることが解り(CMS1 詳しく)、厳密なリンチ症候群では無いのですが、これに類似した体質(=遺伝子が変異しやすい、Unstable Genome)の方たちを「HNPCC condition(HNPCC状態)」「Lynch-like syndrome」という概念で捉えるという考えが主流になってきました。臨床的には「軽症型HNPCC」とも言えます。
いわゆる「癌多発家系」「大腸癌多発家系」の方の多くがHNPCC状態であると考えられています。米国女優の手術でマスコミで話題になった「遺伝性乳癌(BRCA変異)」もHNPCC状態の範疇に入ります(文献)。BRCAも遺伝子修復に関する遺伝子なのですが、実は「臓器特異性」は、あまり無く「遺伝性乳癌の家系に大腸癌が発症し易い」「遺伝性大腸癌の家系に乳癌が発症し易い」ことも解っています。
この方たちは内視鏡を受けても「ポリープが無い。大腸癌の危険は低い」と判定される危険があります。しかしHNPCC状態の方は、ポリープが少なくとも、幾つかの重要な特徴(HNPCCパターン)があります。これは、経験を積んだ医師でないと判断は非常に難しいのですが、HNPCCパターンを確認したら、高精度内視鏡(High Quality Colonoscopy)を施行し患者さんに「短い期間での積極的な癌検診を勧める」という対策が重要になってきます(文献 文献)。
見えてきた微小癌(Uc癌)の正体
通常、大腸癌というのは「ゆっくり型」で、ポリープが2cmを超えたあたりから癌化します。しかし、数ミリの微少なサイズから癌化するタイプもあり、日本では「Uc型(De vovo型)」と呼ばれ警戒されてきました。腺腫成分を含まず、右側結腸によく見られます。
HNPCCの方を内視鏡で厳重に経過観察した結果、HNPCCの方に発生する癌は「Uc型(De vovo型)」が多いということが解ってきました。(文献1 文献2 文献3 文献4)つまり遺伝子修復機能が低下しているためDNAの変異が短期間に蓄積されるために微小な段階で癌化する訳です。
今まで報告された「Uc型(De vovo型)」は「未診断のHNPCCの方」に発生した病変が多いのではないかと推測されます
しかしHNPCCではない一般の方にも「CMS1(HNPCC型)大腸癌」が発生します。そのような「CMS1大腸癌」も初期の姿はUc型(De vovo型)なのであろうと推測できる訳です。
「癌は多段階の経過で発生する」というのが現代分子生物学の鉄則です。「Uc型(De vovo型)」にも必ず前癌病変が存在します
では、「Uc型癌(De vovo型)」の前駆体(良性ポリープ)は、どのような物でしょう?
CMS1大腸癌には遺伝子不安定性(マイクロサテライト不安定性=MSI)が見られます、またBRAFが変異しています
ポリープの中でも腺腫や直腸・S字結腸の過形成ポリープにはマイクロサテライト不安定性(=MSI)やBRAF変異は見られません(代わりにRASが変異)
深部結腸(右側)に発生する過形成ポリープ(Proximal Hyper)は小さなものでもBRAF変異とCIMP(マイクロサテライト不安定性の原因となる変化)が高率に見られます
このことからProximal HyperがCMS1の元であるというのが、現在の定説です。つまりProximal HyperがUc型(De vovo型)の元と推測される訳です
更に重要なことはProximal Hyperは良性の段階から浸潤する性質がある(EMT 詳しく)という事実で、これも「Uc型(De vovo型)」の重要な特徴です
(一方、「遺伝子不安定性がある腺腫」も存在が確認されています(MLH1欠損型腺腫 文献1 文献2)。、これがUcの起源である可能性も残ります。)
現在、Proximal Hyper(右の過形成ポリープ)の危険性をめぐっては専門家で見解が分かれます
Proximal Hyperが(例え微小な物でも)見られる方は、他の部位に大腸癌が見つかる頻度が高いと報告されています
ですからProximal Hyperが、患者さんが「体質的に遺伝子が変異しやすい(HNPCC状態)」を、ある程度示唆することは間違いないでしょう
米国のガイドラインは「Proximal Hyperは微小な物も全て切除すべき」となっていますが、これはCMS1癌を想定したためです(詳しくはこちらを)
例え微小な物でも右側の過形成ポリープはCIMPと呼ばれるゲノム全体に及ぶ異常が高率に見られることから「腺腫よりも危険な病変である」という考えです
全ての微少なProximal Hyperがハイ・リスクかと言うとそうではありません。最近の多くの報告から以下のような内容がコンセンサスになりつつあります
『腺腫のみが発生する方や、Proximal Hyperのみが発生する方のリスクは、高くない。腺腫とProximal Hyperが混在して発生する方のリスクが高い。特に高度異型腺腫とSSAPの両方が発生した方は遺伝子の不安定性が最も強く、リスクが最も高い(HNPCC状態)。そのような方に発生した病変は微小でも危険である。』(文献)。
第一段階
発生第2段階
成長第3段階
遺伝子不安定化最終段階
癌腺腫が癌化
するルートAPC異常
小さな腺腫RAS異常
大きな腺腫p53異常、SCNA(染色体異常)
高度異型腺腫CMS2,3
予後良い、ゆっくり型過形成が癌化
するルートBRAF、CIMP
小さな過形成p16 Silensing
大きな過形成MLH1欠損(MSI 遺伝子変異集積)
SSAP(withDysplasia)CMS1
予後悪い急速型
<専門的内容(医師向け)>
MLH1ではなくp53の初期異常を微小De novo癌の原因とする説もありますが、個人的には説得力が弱いと感じます。p53変異だけでは細胞増殖は亢進しませんから優位増殖クローンにはなれず、3日後には、その細胞は老化で死滅するからです(p53が欠損しても生理的・細胞老化は完全に正常に起きます。p53 knock-outマウスは完全に正常です)。p53異常が大きな意義(腫瘍クローン選択の過程での優位性)を発揮するのは細胞に複数の遺伝子変異が起きて強いOncogene Stressにさらされている場合であり(Oncogene Stressからのアポトーシスを回避)、これは癌化ステップの後半に限定されます。最初にp53が変異しても優位性は皆無なのです。臨床報告では「微小な癌はp53免疫染色強陽性」という報告が多いですが、これらはOncogene Stressに応答したp53の生理的な応答(発現量増加)を見ているだけで多くは原因と結果の解釈が逆と思われる報告が多いです。
では実際に小さな過形成ポリープがMLH1サイレンスを起こし癌化する確率はどれほどか?ですが、これは「低いがゼロではない」と予想します。その根拠は微小な過形成ポリープが多発する2型SPS症候群の方を逐年CFでクリーンアップしてもInterval Cancerの発生をゼロにできないという臨床報告が複数あるからです。