「粘膜下腫瘍」様腺癌・・・・「3番目の大腸癌」

始めに
ポリープ(腺腫・SSAP)や大腸癌(腺癌)は大腸の上皮粘膜が腫瘍化して発生します。一方、筋腫や内分泌癌・カルチノイド・GISTなどの特殊な腫瘍は上皮粘膜とは関係無く、その下層から発生します(=粘膜下腫瘍)。これが大原則です。しかし、稀に「粘膜下」に腺癌が発生することがあります。


この現象が注目されたのは「ネズミの大腸癌の研究」からです。ネズミの大腸癌は1/3が腺腫由来の腺癌、1/3がSSAP由来の腺癌、そして1/3が「粘膜下腺癌(後に述べるGALT癌)」だと解ったのです(3番目の大腸癌)。

通常は人とネズミの癌には生物学的大差はありません。「人の粘膜下腺癌」が稀なのは不自然であり、実は見逃されているだけ(早期発見が難しく、進行癌になると通常の腺癌と区別がつかないから)ではないか?という意見が出てきました。これは「内視鏡で大腸癌を予防する」というミッションでは重要な問題です。
「粘膜下・腺癌」は多様な機序で発生する
前の記事の「内視鏡で見えない大腸進行癌」も広い意味で「粘膜下腺癌」と言えます。また「低分化癌・粘液癌・印鑑細胞癌などの高悪性度癌」も浸潤傾向が強いために、しばしば「粘膜下腫瘍」様になります。

しかし、今回のテーマは、そのような「特殊な場所に発生した癌」「高悪性度の癌」ではなく、「通常の場所に発生する、高分化型/低悪性度の粘膜下腺癌」です。

   
 鳥取大学からの報告(直腸)  秋田赤十字病院からの報告(S字)

「通常の腺癌」が粘膜下に発生する機序は3つあります

)出生時から個体が持つ小奇形が原因
重複腸管(上記、鳥取大学の報告はこれ)、異所性の腺組織が癌の母地になります。胃では有名で「異所性膵管」が癌の原因になることがあります

)炎症・機械的刺激による粘膜のMisplacement
潰瘍性大腸炎によく起こります(1984年)。「粘膜の潰瘍⇒修復⇒潰瘍」を繰り返していくうちに粘膜が粘膜下層に「置き去り」にされる訳です。他に外科手術を受けた吻合部(Colitis cystica profunda:CCP )、繰り返す脱肛の結果(mucosal prolapse syndrome;MPS)、瘻孔の治癒後、有茎性の大きなポリープに腸蠕動による機械的刺激が繰り返される場合(pseudoinvasion)などに見られます。

)粘膜下のリンパ組織腺(lymphoglandular complex =GALT)粘膜由来
以下、これについて述べます(2019年Review)。
GALTとは腸の粘膜下のリンパ組織です。回腸末端(パイエル板)、直腸に多いのですが大腸全体に散在します。Lymphoglandular complexというのは腸管粘膜下に散在するリンパ濾胞(GALT)内に粘膜上皮が入り込んでいる(粘膜ヘルニア)現象です。これは腸管内の抗原を免疫細胞に提示する重要な意義があるとされています。「M細胞」という抗原提示に特化した特殊な上皮細胞からなります。このヘルニア上皮が「粘膜下腺癌」の重要な母地に(少なくともネズミでは)なります(2015年Review)。

尚、潰瘍性大腸炎ではMisplacementだけではなく、Lymphoglandular complexの数も増えます(2013年)。また以前から耳下腺のLymphoglandular complexには「Warthin腫瘍 」という良性腫瘍が発生することが知られていましたが、GALT癌と酷似していると言われています(2019年Review)。


粘膜下のリンパ球は発癌を促進する?

粘膜下リンパ球が腺腫発生を促進する可能性は1981年に指摘され、その後、追試()でも確認されました。以前「過剰免疫は癌の最大原因の一つである」という記事を書きました。粘膜下のリンパ球にも「癌を抑制する(腫瘍免疫)」という面と「癌を促進する」という2面性がある訳です(2011年Review 2022年Review)。「リンパ球が癌を促進する」という話は、にわかには信じ難い「科学者の妄想」に思えるのですが・・・・胃癌の実に1割は「リンパ球によって引き起こされる」ことが解明されました(⇒EBウイルス胃癌はEBウイルスに感染したリンパ球が最初の引き金になります)。EBウイルス胃癌(リンパ上皮癌)とGALT癌は病理学的に酷似しており、未だ犯人は同定されていませんが「大腸癌の原因はウイルスである」という説は専門家に根強くあります(⇒ハウゼン博士の仮説)。ですから「GALT腺の上皮は癌化し易い」という主張が出てくる訳です。

この問題は「転移の危険性」と深い関係があります

粘膜内癌は絶対に転移しない?
癌が粘膜内なら「転移の可能性ゼロ」であり、癌が粘膜下層なら「転移の可能性有り」です。これは「粘膜内にはリンパ管が無い。従って粘膜内癌は絶対に転移しない」という理論からです。例えば、現行の癌保険は「粘膜内癌では保険金が支払われない」という規約が多いのですが、「転移しない癌は癌では無い(対象外)」だからです。しかし、最近、この理論に異論がでています。「粘膜内にもリンパ管が存在し粘膜内癌がリンパ管浸潤・リンパ節転移を起こした」という症例報告が複数あります(2017年韓国から 2014年韓国から 2019年日本からの報告)。


「偽浸潤」なら絶対に転移しない?転移しない粘膜下層癌?
「偽浸潤」という現象は1973年に日本の武藤博士が報告しました。上記の「3つの機序」の(1)(2)が該当します。



GALT癌は転移するか?
現時点ではGALT癌が転移・再発したという報告は無く(2019年Review)、「GALT癌の転移の危険性は粘膜内癌と同じ(ゼロでは無いが極めて低い)」と予想されています。転移の可能性が無いなら、癌という用語を使うべきでは無く「GALT-associated pseudoinvasion/epithelial misplacement (PEM)」と呼ぶべきであるという主張があります(2020年Review)。

一方、GALT癌は通常の大腸癌と「遺伝子変異に差は見られない」。従って「生物学的に完全な癌」であり「GALT癌⇒通常大腸癌」に進行するという主張もあります(2021年)。GALT癌の多くは早期癌(粘膜下層癌)ですが「1例だけ」進行癌(T3)の報告もあります。これらの主張からはGALT癌の転移リスクを過小評価すべきではない、となります。

現時点では、「GALT癌の転移の危険性は粘膜内癌と同じ(ゼロでは無いが極めて低い。放置すれば、いずれ転移するかもしれない)」と予想されています。ポリープを内視鏡切除(EMRまたはESD)して病理検査で「粘膜下腺癌(GALT癌)」と診断された場合、外科手術を追加すべきなのでしょうか?過去の報告では「追加手術をした例は無いが、今の所、再発したという報告は無い」ことから「追加手術は不要」というのが多数派のようです(2019年Review 2020年Review)。

粘膜下扁平上皮癌 
 結腸に発生する大腸癌は腺癌ですが、肛門には「扁平上皮癌」という組織型の癌が発生します(原因はHPVウイルスです)。その多くは肛門の表面に発生しますが、稀に肛門の「粘膜下(管外性)」に扁平上皮癌が発生します()。どのような機序で粘膜下・扁平上皮癌が発生するのか?は長い間、議論になっていますが最も有力な説は「肛門腺(痔瘻の原因となる肛門の退化器官)が扁平上皮化生(squamous_metaplasia)を起こす」という現象です。

最後に患者さんに有益な情報をまとめたいと思います

内視鏡で良性、または粘膜内癌と判断され内視鏡で切除されたポリープが「粘膜下層癌」という予想外の結論が出た場合は・・・外科手術をする前に「真の浸潤」「偽浸潤」「GALT癌」の可能性も検討するべきです。
しかし、この鑑別は非常に難しく、この問題に詳しい病理の先生に意見を求める必要があります。