唾液が直腸癌の原因となる? EBウイルス関連直腸癌


前回の記事で少々、ショッキングな内容を書きました。

肛門癌だけでなく、下部直腸癌の一部は、間違いなく性行為感染症である。HPVワクチンが普及しない日本では増加が予想される
HPVに感染すれば、ヘルペスと同じ潜伏感染が持続する。癌化をポリープ切除では予防できない。対策は子宮頸癌と同じ「小児期のワクチン」と「肛門の検診(HRA)」だが、その体制は、まだ無い。
肛門癌になったら、組織型に関係無くp16(HPVウイルス感染のマーカー
下記)を調べるべきである。陽性なら人工肛門を回避できる。


最凶の犯人はHPVですが、もう一人います。それはEBウイルスです。よく知られたヘルペス・ウイルスの仲間です。
一般的な話から始めます

我々の口腔内には多様な発癌性ウイルスが感染し常在しています。これらのウイルスは人間の接吻や動物のグルーミング(舐め合う行為)を介して伝搬し、口腔癌、咽頭癌、食道癌、気管支癌などの原因になります。ウイルスの戦略として、これほど効率の良い手段は無いでしょう。EBウイルスは別名「Kissing Disease」と呼ばれます。しかし、通常は直腸・肛門に達することはありません。

しかし、性交時に唾液がパートナーの肛門に付着すれば、これらのウイルスは、確実に感染します。肛門癌の大部分は「Tranzitional Zone=TZ=移行帯」に発生しますが、ここの粘膜は口腔・咽頭と同じだからです。



肛門に感染する「咽頭ウイルス」はHPV以外にも多くあります(2019年文献)。ヘルペス、アデノ、CMV、JC、ポリオーマ、レトロ、ポックスなどですが、最も重要なのは咽頭癌の犯人=EBウイルスです

胃癌の1割はEBウイルスが原因という衝撃的事実
これは2009年に報告され、米国のゲノム解読:TCGAプロジェクトで確認されました。「胃癌の原因はピロリ菌ではないか?」と思われたでしょうが、それとは「次元の違う話」です。ピロリ菌は胃に慢性炎症を起こし、癌になり易い環境を作りますが、直接にゲノムには作用しません(ゲノム解読では出てきません)。一方EBウイルスは、直接、胃の上皮のゲノムに組み込まれるので、ゲノム解読で出てきます。そして、両者の2重感染は相乗的に胃癌を促進します(下記)。

胃癌の原因になるなら、直腸癌の原因になっても、何ら不思議ではありません。もっとも大腸癌のゲノム解読(TCGA)ではEBウイルスは出てきませんでしたから、胃癌ほど頻度は多くありません。以下のような「EBウイルス胃癌」の特徴を持つ、直腸癌はEBウイルスが原因であると予測されます。

EBウイルス胃癌の特徴(TCGAプロジェクトより) ゲノムが高度にメチル化されています(CIMP)。他の、あらゆる癌よりもメチル化が激しく、この結果、p16などの癌抑制遺伝子がサイレンシングされます。この現象は「潰瘍性大腸炎の原因はトランスポゾンらしい」という記事で書いたものです⇒本来、DNAメチル化(RNA干渉)は進化的にウイルス・トランスポゾンへの防御機構として生まれたと予想されています。これが、やがて自己の遺伝子も抑制するようになり(DNAサイレンシング)、多細胞生物の「細胞分化」を生んだと考えられています(The Cell 6版 7章)。大腸ではJCウイルス感染でCIMPが起こることが報告されています。
病理学的な特徴(柳井秀夫博士文献より) (1)未分化型主体でリンパ球浸潤に富むリンパ球浸潤癌(carcinoma with lymphoid stroma, CLS)
(2)境界不明瞭な表面陥凹型( 0 IIc型)や潰瘍限局型・潰瘍浸潤型( 2 型・ 3 型)など の陥凹を有する形態が主体であり、深部でのCLSの腫瘤の形成により粘膜下腫瘍様の部分を有する場合が 多い。粘膜内では分化型の組織型を取る事もあり、その組織像はレース織り様(lace pattern)とも表現され隆起型を呈する
(3)ほぼ全ての胃癌細胞に単一クローンのEBVが潜伏感染している。 すなわち、一つ のEBVaGC病変は発がん過程の初期にEBVが潜伏感染した胃上皮細胞がクローナルに増殖したものであ る。
(4)内視鏡 的にCLSを疑う場合にEBER 1 の検索を病理医に依頼する

柳井秀夫博士文献より


但し、重要な事実があります。それは、以前から証明されていた事ですが、「ピロリ菌未感染の胃に癌が発生する危険性は極めて低い」という事実です。
EBウイルスが単独で感染しても、ピロリ菌未感染なら、胃癌になる可能性は低い、という意味です。
最も重要な真犯人はピロリ菌であり、EBウイルスは、あくまでも「癌化を促進する重要な脇役」なのです

EBウイルスは上皮の癌よりも悪性リンパ腫の原因になることの方が多いです。
腸では「回腸と直腸」がリンパ腫の好発部位です。この二つが「リンパ組織が豊富(咽頭と同じです)」だからです。
EBウイルス陽性の悪性リンパ腫が小腸(回腸)に発生したという報告は、多いです。これらは「経口的に」ウイルスが到達したかウイルスに感染したリンパ球が循環して回腸に到達したと思われます。

一方、EBウイルス陽性の悪性リンパ腫が直腸に発生したという報告は、少ないですが、免疫抑制剤を使用している場合に起きえます。「免疫抑制剤使用中の潰瘍性大腸炎の方の直腸に発生した悪性リンパ腫は90%以上でEBウイルス陽性」という報告が有ります。
これは「悪性リンパ腫」の話ですが、「EBウイルス単独感染による直腸癌(リンパ球浸潤癌)」の報告は世界でも数例しかありません(S時結腸直腸)。最新の2021年Reviewでも「EBウイルスが単独で大腸癌を起こす証拠は少ない」という結論ですが、「もっと調べる必要が有る」という意見です。これはEBウイルスが「人類で最も感染者の多い発癌ウイルス」だからであり、まだ「グレー(容疑者)」なのです。

一方「EBウイルスはHPVと共同で(相乗的に)発癌を起こす」という可能性が子宮頸癌や口腔・咽頭癌では、かなりの報告があります()。そして最近、直腸・肛門でも指摘されています(,)。

その機序は「CIMP(ゲノムメチル化)によるp16(癌抑制遺伝子)の抑制」です(資料)。




これは重要な意味が有ります。臨床の現場では簡単に調べられるp16がHPVウイルス検査の代理になります。「p16陰性ならHPVは陰性」で放射線化学療法は効かないとされ人工肛門が選択されます。しかしp16陰性癌の中には「HPVとEBウイルスの2重感染」も相当あるはずです。この場合でも細胞のp53は温存されていますから放射線化学療法は有効ですし、ウイルス抗原が多いので免疫チェックポイント阻害剤も有効です。

現在、咽頭癌の診療ではp16検査(=HPVの検査)とEBウイルスの検査が必須となっています(資料)が、今後は肛門癌の治療もウイルス学と分子生物学が重要になってくると予想されます。



ウイルスの話は、この位にして患者さんに有益な情報をまとめたいと思います

あなたが子宮頸癌の既往があるなら、HPVの説明は不要だと思いますが、EBウイルスについても知るべきです。
あなたが咽頭癌、口腔癌を発症した既往があるなら、性交時に唾液が相手に付着しないようにすべきです。
あなたが子宮頸癌の既往があり、パートナーに咽頭癌、口腔癌の既往があるなら肛門癌にも注意すべきです。


イラストで説明すると下のようになります。イラストは「男性⇒女性」の場合ですが、もちろん「女性⇒男性」「男性⇒男性」でも同じです。