トランスポゾンの生物学 |
2018年NEJM誌はトランスポゾンの特集を掲載しました。臨床医学が、いよいよ多細胞生物の本質(クロマチン、DNAサイレンシング)に迫る時代が来た訳です!
トランスポゾンの基本2018年NEJM誌記事の要約
HERV=レトロウイルス型。LTRを持つ。LINE,SINE=mRNA型。LTRは無くpolyAを持つ。HERV,LINE,SINE共に現在も移動している(active)が、前2者が「自立している(自分のReverse
Transcriptaseを持つ)」がSINEは自立して無く(自分のRT無し)、複製にはLINEのRTを「借りる」。最も活動が盛んなのはLINEで「人のDNA変異のの250分の1はLINEが原因」という説がある。有名なAlu配列はSINEの一つ。
DNA型トランスポゾン
人では不活化していて原則として動かないが、進化で重要な働きをした。適応免疫の獲得(RAG=recombination-activating genes)、胎盤の獲得に貢献したらしい。
レトロウイルス型トランスポゾン(HERV)
自然免疫系遺伝子(IFN関連)の近傍にあり過去のウイルス感染時にセットで組み込まれたらしい(2016年)。今もウイルス感染を引き金にしてHERVはIFN関連遺伝子と共に転写される。まるで細菌のCRISPRシステムのように「ウイルス由来遺伝子が対ウイルス防御」に働いている(旧いウイルス感染が新しいウイルス感染を防ぐ干渉現象)(2018年)。
HERVを抑制するシステムの不調が「HERVの過剰転写⇒自然免疫系を賦活⇒自己免疫」を起こすらしい(重要なのはTrim28、SETdb1,KRAB-Zip2020年,)。
mRNA型トランスポゾン(LINE,SINE)
HERVが免疫系に作用して機能的な異常を起こすのに対して、mRNA型の方は(圧倒的に動く頻度も存在頻度も高く)、機能とは関係無く、挿入に伴い物理的にゲノムを破壊することで多様な疾患の原因になる。LINEは挿入変異が多く、Aluは「Alu-Alu組み換え変異(例)」の誘発が多い。減数分裂200回につき1回の頻度でLINEは動き、これが個人・民族の多用性になっている(例:日本人に多い福山型ジストロフィー)。生殖細胞だけでなく、受精後も発生段階(特に脳)でも動いている。統合失調症との関係の報告もある。
成体で脳の次にLINEが良く動くのは消化管である。そのため「LINEは特に消化管癌と関連」がよく研究されている(2021年、2015年)。一方、多彩な挿入が起こることから「病因では無くて結果。Driverではなく、ゲノム不安定によって起きたPassenger」という面もある |
トランスポゾンの、興味深い話題を幾つか・・・・・・ |
microRNA128
私見ですが上記のごとくRIP Kinase阻害剤のような「抗・壊死療法」は発癌のリスクがあり本命にはならないと予想します。内在性ウイルスを抑制する生体本来のシステムは「RNA干渉」です。生殖細胞では「piRNA」が、主役ですが、piRNAが発現していない成体ではmicroRNA128が、似た方法でLINEを抑制しているらしいです(2016年)。以前なら「夢物語」扱いされる話ですが、Ψ-RNAワクチンが驚くべき速さで投入されたことを考えると、miRNA128入りのリポフェクチンの臨床応用も、そう遠くないかもしれない。
piRNAについて The Cell 第7章 p433より
「piRNAについては謎が多い。多くの哺乳類のゲノムには 100万種類以上の piRNAの暗号が含まれており,精巣で発現されるが,ゲノム内に存在するトランスポゾンの抑制に向かうのはごく一部のようである。では,
piRNAは過去の侵入者の名残なのだろうか。 piRNAがこれほど多くの “塩基配列スペース”を取っているのは,あらゆる外来 DNAを広く防御するためだろうか。
piRNAのもう 1つの興味深い特徴は,その多くは原理上,個体が作る正常な mRNAを攻撃してしまうはず(特に塩基対形成が必ずしも完全でないとすれば)だが,そうしないことである。これらの膨大な数の
piRNAは, “自己 ” RNAと “外来 ” RNAを識別するしくみを作っているのではないかという説もある。それが正しいなら,細胞が自身の
RNAを許容する特別な方法があるに違いない。 1つの説では,ある個体の前の世代で作られた RNAは何らかのしくみで登録され,それらが以後の世代で
piRNAの攻撃を受けないようにしているとされる。このしくみが果たして実在するのか,また,もし実在するならどのように働いているのだろうか。そんな疑問がわいてくるのも,
RNA干渉の意義が完全に解明されていないからこそである。」 |
ゲノム不安定とは「ゲノム可塑性」でもある
なぜ人の知能は猿よりも驚異的に高いのか?これは脳の大きさ(ニューロンの数)では説明できません。有力な仮説は,人の脳の細胞は抗体を作るB細胞のように「多様な細胞の集まり(モザイク)」だから、という説です。例えば「プロトカドヘリン」は免疫グロブリンのように多様性があり脳のモザイク化の機序の一つと考えられています。そしてLINEも脳のモザイク化の機序の一つと考えられています。つまり「不安定性」とは「可塑性」だった訳です(2017年Review) |
胚でもLINEが動く
生殖細胞ではゲノムは高度にメチル化されて「遺伝子が凍結状態」にあります。受精卵では広範囲なゲノムの脱メチル化が起きます。この時に、LINEが動き、何か所かの挿入変異を起こします。これは「変異」とも言えるし「ゲノムの可塑性(進化の原動力)」とも言えます。この時期は短く、胚が数回、細胞分裂数すると成体と同じレベルにメチル化されます(2020年Review)。 |
iPSではLINEが永遠に動いている
iPSの場合は胚細胞の状態(低メチル化ゲノム)で培養・増殖されるのでLINEの影響(変異原性)が大きくなる危惧がある。この問題は2012年に指摘され、2014年には「動いていない」と否定的な報告があったが、2016年にNatureに「やはり動いている」という報告が有り。更に「LINEが動くことが万能性の維持に不可欠」という説まで出てきた(2020年Review)ので、かなり「iPSの再生医療応用に暗雲が立ち込めてきた」感がある。この課題はiPSでなくES細胞を使っても解決しない。「胚を培養して増やす」という過程は「神の意思に反する」行為だったということか・・・・ |
LINEも「RNA修飾」を利用している
コロナなウイルスのΨ-RNAワクチンの「シュード・ウリジン」が注目されているが、LINEは「メチル化アデニン」でホストの翻訳システムを「乗っとる」らしい。つまり病原性を持つウイルス感染と同じように「ハイジャッカー」になるらしい(文献) |
現在もRNAウイルスは逆転写されて我々のゲノムに組み込まれている
進化の過程で起きた現象だから今も起きていても驚くことでは無いが、最近ではコロナウイルス(Cov2)でも確認され話題になった。しかし宿主ゲノムへのウイルス遺伝子の取り込み現象(transcript reversion)はトランスポゾンの専門家には「常識の話」になっているようだ(大阪大学HP)。やはりLINEの逆転写酵素を「借用」するらしい。 |
我々のmRNAは逆転写されないのか?
cDNAライブラリーを作製した経験のある方なら「容易に起こる現象のはずだ」と思うはず。我々のゲノムには多くの「遺伝子ファミリー・偽遺伝子」がある。このうち「プロセス型・偽遺伝子」はイントロンを持たないことからDNA⇒mRNA⇒DNA⇒ゲノム組み込み、という経過で生まれたと考えられている。やはりLINEの逆転写酵素を「借用」すると思われる。するとLINEのRNAやウイルスのRNAよりも「遥かに大量のmRNA」がゲノムの脅威になるように思うのだが、細胞には「mRNAの逆転写を防止する特別な装置」があるのだろうか?今後「RNAを薬として投与する時代」が来るが、人工的なRNAも制御されるのだろうか?RNA⇒cDNAは増幅されるのでDNAを投与する場合より危険かも? |