ハウゼン博士のプラスミド仮説:牛乳が犯人か?




ハウゼン博士は牛肉内の「熱や消化に強い感染性粒子」が犯人と考え、当初は「超微小ウイルス」を疑い、最終的にプラスミドが犯人と報告しました。

プラスミドとは、解り易く言うなら「細菌に感染するウイルス」です。DNAが剥き出しになった「裸のウイルス」で感染した細菌の性質(病原性)を変えます。

この報告は前回の記事で紹介したPKSアイランドと「非常に深い関係」があります。PKSのような病原性アイランドは「プラスミドにより伝搬される」ことが多いからです。



はたして「PKS島の原因となるプラスミドが牛乳内に有るのか?」、これが見つかれば、博士は2度目のノーベル賞を受賞するでしょう。現在、86歳の博士は今も精力的に研究を続けていますが、まだ何とも言えません。

以下に博士の研究を年代を追い紹介します。専門的な内容ですが要約しますと

「我々が日々摂取している食料の中には、感染しても無症状で何十年という時間を掛けて癌の原因になる、加熱しても失活しない病原体がある。」ということです。


ハウゼン博士の研究

2012年論文 Red meat consumption and cancer: Reasons to suspect involvement of bovine infectious factors in colorectal cancer
疫学的調査から博士が仮説を最初に主張した有名な論文で2015年にはNatureに Reviewを書いています。
大腸癌発生率と肉の消費量は深い相関がある。当初は「タンパク質や脂肪が熱で変性して発癌物質ができる」という仮説が出された。しかし、これは正しくない。、羊・山羊・豚肉など牛以外の肉は大腸癌を増加させないからだ。牛肉に含まれる熱に比較的強いウイルス」が大腸癌の犯人と予想する。また牛肉は世界的に生食される唯一の肉であり、牛肉の生食と牛乳で感染の可能性は更に高まると予想する。

2014年論文 2015年論文 2017年論文 2018年論文 2019年論文 「2019年 Discovery of Infectious Plasmidoses」 2020年レヴュー
一般に消費されている牛肉、牛乳、乳製品から109個の「自己複製する環状・小型・DNA(BMMF=bovine meat and milk factors)」を分離した。これらは大腸癌組織や多発性硬化症の病巣にも検出される。配列解析から「細菌のプラスミド」と1本鎖・DNA ウイルスの中間に位置する。既知の物ではデルタ肝炎ウイルスが最も近い。このような「プラスミド・ウイルス」は、今まで我々が認識していなかった「新しい病原体」である。ヒトの母乳にはBMMFは無くBMMFの感染を阻害する効果がある。牛乳には「仔牛を感染から守る効果」があるが、この効果は人の乳児には働かない。


New Food Virus という概念
「牛乳や乳製品内のウイルス」を重視する博士の説に同意する研究者も増えてきました。ノロウイルスのような「食中毒の原因となるウイルス」ではなく、感染しても無症状の未知のウイルスが含まれているのではないか?という考えです(2018年レビュー



最も注目されているのはBLV(牛白血病ウイルス)です。

BLVは「牛で最も頻度の多い発癌性ウイルス」で乳牛、肉牛の半分以上が感染しています。「白血病になった牛の流通」は禁止されていますが、「ウイルスに感染しているだけの牛」の牛乳、牛肉は普通に流通しています。これは「牛乳の低温殺菌法」(風味を損なわないマイルドな殺菌法)で、このウイルスは失活するからです(熱や胃酸に弱いと考えられています)。

しかし・・・人の乳癌に、牛白血病ウイルスが検出されたという報告が相次ぎました(2015年文献 2016年文献 2017年文献 2019年文献2019年文献 )。一方、逆に因果関係を否定する論文も出て(2016年 2019年 )、論争に発展しています。(2020年レヴュー



さて・・・・研究は途上ですが、重要な傾向が見えてきました


植物ウイルスがヒトに感染し病原体になったという報告もあり、「絶対安全」ではありません。しかし、通常は「種が離れているほど感染は起きにくい」のは事実です。

ですから牛乳よりも大豆と小魚でタンパク質・カルシウムを補給する方が「感染の危険」は低くなります。尤も「野菜は農薬で汚染されている」「魚はPCBで汚染されている」という意見もありますし、牛乳ほど「廉価で優れた高栄養食」は無い訳で、過去の多くの報告は「乳製品は大腸癌に予防的である(但し著明と言うほどではない)」という結論であり、当院のHPでも以前からそのように記載しています。この問題は複雑で・・・次回に整理して「乳製品は大腸癌を増やすか否か?」という記事にする予定です。

BLVが飼育されている牛に流行した理由は高密度で飼育されるためです。同じ理由でインフルエンザ・ウイルスが毎年、豚から新株が発生しています。
例えば「ワクチンや遺伝子組み換えによりプラスミド:ゼロ、ウイルス:ゼロの安全な牛・豚を作る」研究が成功すれば、人類に多大な利益になるでしょう。(以前、狂牛病が問題になった時も、このような議論がありました)。新型コロナウイルスも「コウモリから人へ」の伝搬で生じましたが「食肉ウイルス」の研究は今後、重要な課題になるでしょう。