ポリープの進化論
「ポリープを切除して大腸癌を予防する」というミッションにおいて「ポリープの進化論」は最も重要な研究課題です。
当サイトでは繰り返し記載していますが「ポリープから癌への変化(腫瘍進化)」はダーウインの理論に従うと考えられています。つまりランダムな突然変異で「新たなクローン」が出現し、生存に有利な変異を獲得したクローンが優勢になります(適者生存、自然淘汰)。優勢変異が複数、蓄積されて最終的に癌になる訳です。
正常な腸の細胞(幹細胞以外)の寿命は3日しか無く(⇒ポリープは老化するか?)、便や細菌に富む腸内は細胞生存に快適な環境ではありません。細胞の死と新生を繰り返す腸の粘膜は生命誕生の歴史をシミュレートしている訳です。
ダーウイン理論の修正
当初、ダーウインは「魚が両生類、爬虫類、哺乳類、そして人に進化した」と考えました。しかし、現在は、この説には異論があり、ある短期間に多くの種の多様性が登場し、その後に「中立進化」したと考えられています。つまり「魚の先祖も、人の先祖も同じ頃に誕生した。その後、共存しながら進化し現在に至った」というモデルです(カンブリア爆発)。カンブリア紀には「氷河期になった。強い放射線が注いだ。」など遺伝子の変異を加速する、強い外的要因があったと思われます。
そして、またポリープの進化(癌化)論も、ダーウインが考えた単純な「Step by Stepモデル」では無いことが解って来ました。研究の原動力になったのは「ポリープの一部の細胞」でゲノム解読をする技術(Single Cell Sequence)です。
2018年、別府の先生達が以下のようなモデルをNatureに発表しました。その後、欧州の共同グループが同様の結果をNatureに発表し、2021年のReviewでも紹介され、これが現在「最も有力視されている」モデルとなりました。
ポイントは・・
(1)大腸癌の発生には5つのシステム異常が必要です(WNT系、TGFβ系、Ras/Raf系、PI3K/mTOR系、p53系 詳しく)。この重要な変異を「ドライバー変異」と呼びます。
(2)良性ポリープの段階では異なるドライバー変異(重要変異)を持ったサブクローンが混在します(Intra Tumor Heterogenity)が、やがて死滅します。対して癌(=生き残ったクローン)では混在は無く、ドライバー変異で見ると、均一な「モノ・クローン」になります
(3)しかし癌では「重要ではない変異(非ドライバー)」が爆発的に蓄積します。「Big Banモデル」と呼ばれます。これらの変異に優劣は無く、多数のクローンが同じ様に成長します(中立進化)。このBig Banが薬剤耐性、治療後再発の重要な原因になります
詰まる所・・
「良性ポリープとは、必ず最後に自然死滅するクローン」であり「癌とは永遠に自然死滅しないクローンである」とも言えます。
自然死滅の機序は前回の記事で紹介したOncogene Stressです。「良性ポリープとは、Oncogene Stressに負けるクローン」であり「癌とはOncogene Stressを克服したクローンである」とも言えます。
Oncogene Stressとは?
癌遺伝子が活性化するとブレーキ(安全装置)が作動し細胞分裂が抑制される現象です。ブレーキにはp16,p21,p53などがあります。細胞老化も実は同じ現象です。ブレーキが壊れることで更に悪性度が上がります。
この「別府モデル」は以下の2つの重要な意味があります
(1)De Novo癌の謎を解いた
以前の記事でも紹介しましたが、日本には「大腸癌はポリープでは無く正常粘膜から発生する」という説(De Novo説)がありました。この説の根拠になっているのが大腸癌の多くが「腺腫成分を全く含まない、純粋に癌の成分だけからなる」という病理学的観察でした。しかし腺腫は全て「自然死滅する」のですから、腺腫由来の癌に腺腫成分が見られない現象が説明できます
(2)癌化を予防すれば良性ポリープは必ず自然死滅する
この事実はASAMET(アスピリン+メトホルミン)のような予防薬や食生活の改善で「大腸癌が予防できる(癌化する前にポリープは自然消滅する)」ことを意味します
つまり(1)から「ポリープを切除することは重要である」ことが言え、(2)から「生活・体質の改善は、それ以上に重要である」と言える訳です。
<専門的>その他、この「別府モデル」からは、様々な考察が生まれます
(1)2019年、腺腫はLGR5(=WNT受容体)を発現して「幹細胞化」しているという記事を書きました(⇒ポリープの老化)。しかし厳密に言うなら「細胞寿命が大幅に伸びて幹細胞的になった」と言うべきでした。「腺腫は自然死滅する運命にあり不死化していない」からです。厳密な幹細胞化(=不死化)は癌になってからです。「WNT系がどのように異常になったか?(=どの程度、幹細胞化したか?)」でポリープを分類するという2020年の報告は、このような点を考慮したものです。
(2)腺腫は放置しても自然死滅します。では何故、腺腫を切除するべきなのか?これは「不死化したクローン(=癌)が発生する確率的な温床になるから」です。このように考えると、腺腫を切除する場合は不完全切除(腫瘍の微量の取り残し)に、あまり神経質にならなくても良いのかもしれません。
一方、SSAPは細胞老化(長い休眠期間)に入っています(⇒細胞老化)。SSAPも腺腫のように自然消滅するのか?は現時点では不明ですが、おそらく「否」と思います。
(3)2019年「超早期転移理論」で「良性の腺腫も転移する」という仮説を紹介しました。
「血中循環腫瘍細胞(Circulating Tumor Cell =CTC)」を精密に調べると、「良性ポリープの実に80%でCTCが検出される」という報告が2019年にありました。
では良性のポリープ細胞は血中に流出しているのに、なぜ転移巣を作らないのでしょうか?
答えは着床しても不死化していないから大きくなる前に自然死滅するからです。今後、画像検査の精度が上がれば「良性ポリープの微小な肝臓転移」が見つかると予想します。もちろん死滅するので臨床的意義はありませんが。
(4)「腫瘍とは過剰に細胞分裂するクローンである」という考えは間違いです。腸の細胞寿命は3日です。3日で進化(遺伝子変異の蓄積)は、不可能だからです。「腫瘍(ポリープ)とは3日で死ななくなったクローンである」という考えが正確です。
細胞分裂以上に「腸の細胞の死」が、重要課題であることに、近年、専門家は注目しています(2020年Review)。現在は「細胞死を防止して腸炎を治す」という研究が主ですが、将来は「細胞死を促進してポリープを消滅させる」という研究が主流になるでしょう。
(5)大腸癌の発生に必要なドライバー変異が全て、蓄積したクローンが最初の癌クローンです。従って、この段階で成長能は極限であり、これ以上、変異が蓄積しても「優勢」にはなりません。しかしBig Ban以降はドライバーでない多くの変異が蓄積し中立進化して共存します。これが低酸素、抗癌剤、免疫攻撃などの厳しい環境下で、適応クローンが選択され腫瘍が生き残る原動力になります。