潰瘍性大腸炎は「広義の腫瘍」だった!?・・・・・・・Monoclonal Field理論


始めに
潰瘍性大腸炎の方に発生する大腸癌(colitic cancer)は通常の大腸癌とは生物学的に異なる癌なのですが、一般の「高悪性度な大腸癌」(=鋸歯状癌粘液癌、低分化癌、印鑑細胞癌De Novo癌など)と共通点が多くあります。ですから、colitic cancerの研究が高悪性度・大腸癌の解明になると予想されています。

 
 潰瘍性大腸炎に合併した微小なポリープ
一見、ありふれた微少な過形成ポリープ(TSA)だが、実はp53異常を起こしたDysplasiaで、周囲に広範囲な遺伝子異常があり、4年後、進行癌に進展(2014年の報告より)。


潰瘍性大腸炎では炎症部と非炎症部が境界線で明確に分かれる現象が観察されます。通常の大腸炎(感染性腸炎や食事アレルギー)には見られない所見で、これだけで潰瘍性大腸炎と診断できます。局所的な炎症の違いには、腸内細菌分布の違いが関与していますが、「境界線で腸内細菌が明確に変わる」ことは考えられません。これを説明可能な機序は・・・・・「腫瘍」だけです。




Colitic cancerの最初の遺伝子変異はp53と染色体異常(5p)である
通常大腸癌では「p53変異は癌化の最後のステップ」です(⇒p53の機能)。しかしcolitic cancerでは「最初にp53変異」が起きます。しかしp53だけでは「何も起きません」。「p53はチェックポイント(ブレーキ)であり、ブレーキが故障しただけでは車は暴走しない。アクセル異常(=Oncogene)もなければ細胞は暴走しない」からです。このアクセル異常(=Oncogene)に相当するのが染色体異常(5p)です2021年 Nature)。

Colitic cancerはFieldaから発生する。
通常の大腸癌の前癌病変は「ポリープ」という「」ですが、colitic cancerの前癌病変はDysplasiaという「」です。更にDysplasiaの前には、「内視鏡的、病理学的には全く正常」なのに遺伝子異常(p53と染色体5p異常)が起きている「広範囲な(Field)」が存在します。「Field(INF)⇒初期dysplasia(IND)⇒LGD⇒Hige Grade dysplasia⇒colitic cancer」という腫瘍進化になります。


Precancer in ulcerative colitis: the role of the field effect and its clinical implications(2018年)より

Dysplasiaが発生する10年前から、内視鏡では正常にしか見えない非Dysplasia粘膜に広範囲な「Field(p53+5p異常)」が発生します。


Fieldはモノクローナルであるという衝撃的な事実
1997年に「直腸全体に及ぶ広範囲なDysplasia」の報告がありますが、Fieldは更に広く、数10cmの距離に及びます。これが、モノクローナルであることが遺伝子解析で証明されました。我々の体も1個の受精卵由来であるという意味ではモノクローナルですから「実は不思議な話ではない」のですが、成体組織では「モノクローナル」は腫瘍を意味します(広い意味で超初期の腫瘍と定義できます)。信じ難い話ですが、これが最新の研究の結論です(2018年Review)。

2021年 Natureより 一つの Monoclonal Fieldから二つの癌が発生した例


驚くべきことにMonoclonal Fieldは健常人の大腸でも加齢に伴い出現します。しかし、炎症があると加速します(京都大学・小川博士)。水平方向の「陰窩の置換」が、広範囲で起きている訳ですが、想定されている機序はCrypt fission(陰窩分裂)と呼ばれる物で、一つの陰窩が隣に幹細胞を供給し同じクローンの陰窩を再生産するという機序です(文献)。




どうして、フィールドが出現するか?
その機序の解明が京都大学・小川博士(この現象の第一人者)と慶應大学・佐藤博士(腸オルガノイドの第一人者)から2020年のNatureに報告されました。潰瘍性大腸炎の粘膜では炎症に適応した細胞(IL17系に異常が生じ、アポトーシスを起こし難くなった細胞)が生き残るという「体細胞進化」が起きていることが解明されました。不思議な話ですが、このIL17系の異常は「腫瘍抑制的」に働きます。つまり大腸癌は「IL17系に異常の無い細胞」から発生しています。炎症下の「正の選択」から、発癌では「負の選択」へ選択圧が逆転する訳ですが、この現象を小川博士・佐藤博士、共に確認していますが、パラドックスと言えます。

慶應大学HPより




モノクローナル性はどのように調べるか?
昔は「X染色体の不活性化」しかマーカーが無かった訳ですが悪性リンパ腫の場合、免疫グロブリン遺伝子再構成が単一パターン(PCRでバンドが1本)なら、反応性リンパ球増殖(ポリクローナル)では無いモノクローナル(=悪性)と診断されるようになりました。リンパ球以外では通常はPassenger変異(細胞増殖に優位でない中立変異)、Synonymus変異(コドンの3番目の塩基は異なっても指定アミノ酸は同じ)が同一ならモノクローナル性の証拠とされます。しかし「本当に中立の変異なのか?」「t-RNAの使用コドンに偏りがないか?」が問題となり厳密性に欠けます。最近は、これに代わり、Polyguanine tracts (PolyGs) 法がモノクローナル性を調べる標準方法になっています。

 
 最も有名なモノクローナル・Field「三毛猫」。メスのXX染色体の片方のXがランダムに不活性化されることによる体細胞モザイク。但し、三毛猫の場合は発生途中で生じる「先天的モザイク」であるが、潰瘍性大腸炎のモノクローナル・Fieldは後天的な体細胞モザイクである点が大きく違う


モノクローナルは何故、危険なのか?
Fieldはモノクローナルとは言え、異常に増殖能が亢進した細胞が周囲を占拠した訳ではないでしょう(病理学的に完全に正常ですから)。しかしモノクローナル性には危険な発癌性が潜んでいます。過剰な細胞分裂の結果、テロメアが短縮するからです(⇒Clonal expansions and short telomeres are associated with neoplasia in early-onset, but not late-onset, ulcerative colitis)。「テロメアが短縮すれば細胞老化が起きて癌化のリスクは下がる」のが通常の結果ですが、短縮して「剝き出し」になったテロメアは染色体融合を起こし易く、「染色体不安定性」の原因となり逆に発癌のリスクが上昇すると予測されています。

Fieldをモノクローナル性で調べるサーヴェイランス法
Dysplasiaは「高解像度色素内視鏡」で検出されますがFieldは認識不可能(外見は全く正常)です。では「危険性の高いモノクローナルFieldを、サーヴェイランスで検出」することは可能でしょうか?

p53(免疫染色)をサーヴェイランスに使うというアイデアは古く1993年には報告されていますが、広く普及していません(現行の学会ガイドラインにもp53免疫染色は記載がありません)。最大の理由は「多数の病理検体を免疫染色する」ことが物理的に困難だからです。そこで代わりに血液中のp53を調べるというアイデアがります。この素晴らしいアイデアは2007年に慶應から報告されましたが、感度は期待されたほど高くありませんでした。2020年の報告では「高危険群の患者の多くは免疫抑制剤を使用しているために抗体ができにくいからp53抗体は役に立たない。」と結論されました。
そして「モノクローナル性でFieldを調べる」というアイデアが報告されました(下図)。将来、Polyguanine tracts (PolyGs) 法をコンピューターで自動処理する方法が完備されれば、Field発癌と予想されている他の癌(慢性胃炎、食道炎、咽頭)のサーヴェイランスにも応用されるでしょう。


潰瘍性大腸炎のサーヴェイランスは、昔の解像度の低い内視鏡では(Dysplasiaが認識できないために)、「ランダム生検」が行われました。そして一旦、Dysplasiaが検出されたら「大腸全摘」が選択されていました。しかし現在の高解像度内視鏡では「Dysplasiaを認識し狙撃生検」し「可能なら内視鏡切除を行い、大腸全摘を回避する」のが最近の傾向です(2021年のReview)。PolyGs法でモノクローナルFieldを調べる試みは、Colitic Cancerサーヴェイランスに重大な変化を起こすでしょう。



SSAP,SPSとcolitic cancerの重要な類似点
(1)colitic cancerは粘液癌、印鑑細胞癌などの高悪性癌が多い。通常は、これらの癌の起源は過形成ポリープ(杯細胞)である(2)潰瘍性大腸炎にはSPS(過形成ポリープ多発症)が合併する(2014年に報告 2016年の報告 2014年SPS 2017年)(3)潰瘍性大腸炎に見られる細胞異型(Dysplasia)は過形成ポリープに似ているタイプがあり(2020年文献)、SEC(Serrated Epitherial Chanege)と呼ばれる(4)colitic cancerは過形成ポリープの癌化(Serrated Pathway)と非常に似ている。両者共に正常に見える平坦粘膜からの癌化であり遺伝子ではWNT系異常が少ない(5)SPSではfield effects=広範囲なメチル化異常がある(文献
これらから重要な類似点があることは間違いないと言えます。

 Field effectはColitic Cancer特有の現象では無く通常の大腸癌にも見られます。「腫瘍の近傍の一見正常に見える粘膜(transitional mucosa)」に異型が見られる事実は、昔から病理学者が報告しており、更にメチル化異常、WNT系の異常、NFーkBなどの炎症系異常、DNA修復系異常、マイクロRNA異常などが広範囲なtransitional mucosaに確認されています(2015年Review)。
便中DNA検査が内視鏡よりも、感度が高いのはField effect(メチル化)を検出しているからです(以前の記事で書きましたが「臨床的には過剰診断」です)。


p53が異常になったMonoclonal Fieldは以前の記事の「慢性胃炎・慢性食道炎の段階でp53異常が起きている」現象とよく似ています。果たして慢性胃炎や食道炎もモノクローナルなのでしょうかか?

この答えはYESです。Monoclonal Field Expansionは食道・胃・大腸だけではなく、老化に伴い全身で起きている普遍現象であるという衝撃的な事実が明らかになりました。言い換えるなら「潰瘍性大腸炎とは老化が加速された状態」とも言えます。

 Monoclonal Field Expansionは老化に伴い我々の体内で普遍的に起きている現象である
京都大学;小川誠司博士は、この問題の第一人者で(⇒Clonal expansion in non-cancer tissues;Nature2021)、食道を例にとり博士の主張を要約しますと・・
(1)Monoclonal Field Expansionは幼少期から出現し、高齢者では臓器全体が置換されることもある
(2)Monoclonal Field Expansionは飲酒・喫煙・慢性炎症・紫外線などの環境因子で加速する
(3)Monoclonal Field Expansionの多くは「癌遺伝子のDriver変異」で食道では「NOTCH変異」が起こる。但し、老人の食道では広範囲に「NOTCH変異(+)」であるが、何故か癌組織ではNOTCH変異の陽性率が低い

興味深いことに、食道で起こる「NOTCH変異Monoclonal Expansion」は腫瘍抑制的であるという報告があります。大腸で「IL17異常(腫瘍抑制的)⇒p53,5p異常(腫瘍促進的)という選択圧の逆転」が起きているのと似ています。



患者さんに有益な情報をまとめます。

潰瘍性大腸炎の発症後、数年でMonoclonal Fieldが出現し、8年でDysplasiaが出現するが、最も重要な発癌危険性の指標は、過去に細胞が何回、分裂したか(テロメア短縮)である。
激しい炎症でも1回だけ(一過性型)なら、発癌の危険は低い。しかし無症状の軽い炎症でも長期に持続し細胞分裂が蓄積するとMonoclonal Fieldが出現する。