便中DNA検査の衝撃
大腸癌のスクリーニングに便の潜血検査が行われていますが、最近、米国では便中の癌遺伝子を直接調べることで大腸癌のスクリーニングをしようという試みが盛んです。
方法は?
右図が検査キットCologuardの説明書です。少量の便を調べる便潜血と異なり相当量の便を採取し、箱に詰めて検査機関へ「郵送」します
値段は?
検査会社のHPには649ドルと記載されています。決して廉い検査ではありません
何を調べるのか?
NDRG4 BMP4 KRASの3つの遺伝子を調べます。
主にDNAのメチル化異常という現象を検出します。
感度・特異度は?
2014年のN.E.J.M誌論文によると便中DNA検査は便潜血と比べて「大腸癌検出率、良性の前癌ポリープ検出率、ともに高い。特に平坦な病変(SSAP)の検出率が便潜血に比べて著明に高い。しかし、一方、便中DNA検査は便潜血より偽陽性が高い。
つまり病気が無いのに陽性となる率が高い.
以上が便中DNA検査の評価で、出血しにくい平坦な病変でも検出できるという点は注目に値すると言えます。一方、偽陽性が高い点が、問題になった訳ですが・・・・
平坦な病変は内視鏡でも見落としやすい訳ですから、「便中DNAで陽性だが、内視鏡で異常無し」という場合に、本当に内視鏡が正しいと断言できるのか?便検査は痔のために偽陽性になるのが解るが、DNA検査で偽陽性が出るのは何故か?
という疑問が残った訳です・・・
今回紹介する論文では、そのような「便中DNAで陽性だが、内視鏡で異常無し」とされた12名を内視鏡で再検査したところ・・・・2名に2〜3cmの平坦な病変(SSAP)が見つかったとのことでした。
つまり、概算で「6分の5」の確率で内視鏡の方が正確なのだが「6分の1」の確率で便中DNAの方が内視鏡よりも正確であるようだ!・・・という話です
残りの10名も本当に異常無しなのか?という突込みが入りそうなのですが・・
このような「内視鏡が便検査に負ける」という事態は、予想されていました。
SSAP(過形成ポリープ)という病変は、当院のサイトでも繰り返し、主張していますが平坦で色調も正常粘膜と同じで、非常に内視鏡で見落としやすいのです。そして、この病変の中にはDNAが高度メチル化を起こしているタイプ(CIMP)があり、メチル化を調べる便中DNA検査で検出しやすい物があります。従って、ある条件下では「便検査の方が内視鏡よりも精度が高い」という事態が起こる訳です。
例えば、憩室の中にSSAPが発生した場合、画像診断(内視鏡、レントゲン検査)では検出されず、出血しにくいので便潜血でも検出されず、便中DNAメチル化検査だけで検出される・・・・という事態もありえる訳です(頻度は非常に稀でしょうが)
以下は私見です。
現時点のCologuardは、いわば「第一世代」と呼ぶべきものです。最大の問題は「NDRG4 BMP4 KRASの3つの遺伝子しか調べない(この3つに異常が無ければ検出されない)」という点です。
2012年、米国のThe Cancer Genome Atlas (TCGA) プロジェクトで大腸癌の「全遺伝子解析」が完了し30個近い大腸癌の遺伝子異常が全て同定されています(詳しく)
今後、検出技術の進歩で「NDRG4 BMP4 KRASの3つ」以外の遺伝子異常が検出されるようになるでしょう
最終的にはTCGAプロジェクトで見つかった全ての遺伝子異常が検出されるようになるでしょう。
更に、技術革新で検査料金も大幅に廉くなるでしょう。
将来は「便中DNA検査の方が内視鏡よりも、はるかに精度が高い」という時代が来ると予測します
以下は、医師・専門家向けです 更に21世紀には次の段階が来ます。最近、米国を中心に「薬(分子標的薬)でポリープが消える」という報告が相次いでいます(文献 )検査を受ける立場からすれば、それまで内視鏡によるポリープ切除という古典的手段で「大腸癌による死」から逃げ切れるか?否か?が重要な問題の訳です
進行した癌を分子標的薬で根治させるのは至難の業です。複数の癌遺伝子が多重変異しているからです。
しかし、初期段階(つまり変異した遺伝子が少ない良性のポリープの段階)では分子標的薬で根治させるのは容易なのです
10〜20年以内には、内視鏡でポリープを切除して大腸癌予防、という現在の手法は過去の物になるはずです
例えば大腸癌・ポリープの約半分には、RAS遺伝子の変異が見られます(詳しく)
そして、現在、世界中の製薬会社がRAS阻害剤の開発競争をしています
10〜20年後には、以下のような診療が主流になるでしょう
1 便中DNA検査でRAS遺伝子の変異が検出された (これは現時点のCologuardでも可能) 2 これはRAS遺伝子が変異した腫瘍が腸管のどこかにあることを意味する。(内視鏡による確定は必須ではない) 3 変異した RAS遺伝子に特異的に作用する分子標的薬(RAS阻害剤)を飲む 4 便中DNA検査でRAS遺伝子の変異の陰性化を確認する 5 腫瘍は根治されたと判断される。これも内視鏡による確定は必須ではありません。遺伝子レベルで確認されれば内視鏡の「目で見るサイズ」にこだわる必要は無いからです