急増する「新型大腸癌(=若年性直腸癌)」に分子生物学が挑む
始めに
「新型コロナウイルス」は中国で発生しグローバリゼーションにより世界に拡散しました。「新型大腸癌」も先進国の「工場」で生産されグローバリゼーションにより世界に拡散したと考えられています。
大腸癌の全ゲノム解読(米国2012年TCGAプロジェクト)により、大腸癌の発生機序は、ほぼ完全に解明され大腸癌対策は科学的に完成しました(検診システム、ポリープ切除、CMS分類などです)。
大腸癌は5つのシステム異常で発生する
大腸癌の全遺伝子解読から、ほぼ全ての大腸癌は、以下の「5つのシステム異常」により発生することが解明されました(詳しく・・・)
(1)WNTシステムの異常(幹細胞化)
(2)細胞分裂システムの異常(RAS/RAF/MAP伝達系の亢進)
(3)細胞成長システムの異常(PI3K/TOR系の亢進)
(4)ブレーキシステムの異常(TGFβ系の破壊)
(5)自殺システムの異常(p53系の破壊)
しかし2012年のTCGAプロジェクトは「標準的な大腸癌」を対象にしており、若年性大腸癌は「例外的」と見なされて解析の対象には入っていません。その後「若年性大腸癌の急増」が起きました(2020年記事、2019年記事)。
この新型は(1)若年性=50歳以下(2)直腸・S字結腸に多い(3)非常に悪性度が高い、という特徴があり、その原因は、「古典的大腸癌とは異なる」と予想されています。
(注)遺伝的に癌体質の方は若年で大腸癌を発症します。そのような「遺伝性・若年性大腸癌」の頻度は昔から変わっていません。最近、増加しているのは非・遺伝性の若年性大腸癌です。
タイプ 原因 古典的大腸癌 高脂肪食、牛肉、肥満、運動不足、喫煙、飲酒、と遺伝的体質
5つのシステム異常が経年的に蓄積して発生(多段階発癌)新型(若年性)大腸癌 小児期に暴露する発癌物質=加工食品、ベビー用品、小児医療など(詳しく)。
遺伝性は無い(注)。5より少ないステップで短期間で発癌に至ると予想される。
ヒンズー教のインドでは牛を食べないので「古典的大腸癌」は少ないのですが、新型(若年性直腸癌)が増えており、結果、これが「インドの主要な大腸癌」になりつつあります(文献)。
原因が違えば発癌の機序も違う可能性が高いです。新型の遺伝子解析が精力的に進められています・・
(専門的)現時点で以下の事実が解りました
(1)ゲノムが通常の2倍(4倍体)(文献)
4倍体は一見、激しい異常に見えますが実は「軽度の異常」です。核分裂の後に細胞質分裂を停止すれば容易に起きます。進化の過程でも正常組織でもよく起こる現象です。例えば肝臓は生理的に4倍体細胞が多く含まれます(2020年Nature)。癌で見られる4倍体に病因的な意義が有るのか?癌の脆弱性ではないか(2021年Nature)など議論の多い点です。
(2)トランスポゾンが動いている(文献)
トランスポゾンL1と癌との関係は、よく研究されています(京都大学グループHP)。最近、SETDB1(ヒストン修飾酵素)欠損⇒ゲノム不安定性⇒内在性レロウイルス(トランスポゾン)活性化⇒細胞死⇒炎症性腸疾患(2020Nature)という報告があり、EOCRCとIBDには重要なリンク(トランスポゾンが関与)が有ることが解りました。最近の「若年性大腸癌の増加」と「炎症性腸疾患の増加」は共通の要因があるのかもしれません
(3)ARID異常(文献)
当サイトでも2019年の記事で「ARIDと小児癌との関係」を書きましたが、やはりこれが新型大腸癌と関係があった訳です。ARIDはクロマチン構造に関係します。これはDNAサイレンシング(ヘテロクロマチン)に関係し、内在性レトロウイルスの不活化と関係します。おぼろげながらですがEOCRCのゲノム異常の全体像が見えてきました・・・・それは「クロマチンレベルの異常」による発癌です。驚く話では有りません。既に小児の肉腫(MRT)で報告されていた現象(日本語総説)であり分子生物学者達は予想していた展開です。EOCRCではマイクロサテライト不安定性、染色体不安定は性は無い(MACS型)と報告されており「エピゲノム不安定性」が特徴だった訳です。SSAPではCIMPという「ゲノムワイドな」異常が見つかっています。このようなゲノムワイド現象とクロマチン制御異常の関係も重要課題です。
(4)p53の早期異常(文献)
「p53早期異常」はDe Novo型癌(急速型)で提唱された説です。p53の異常は癌化の晩期に起きるのが原則です(The Cell第6版p1126)。理由は早期に起きてもp53だけの異常では「優位クローン」になれず細胞は死滅しますが、他の癌遺伝子の変異が複数蓄積する晩期では、Oncogene・ストレスから誘発されるアポトーシスを回避することで優位クローンとなるからです。従って「p53早期異常」は、その前に、強いストレスとなる強力な変異が起きていることを意味します。ARID異常(クロマチン異常)なら、十分に説明がつきます。
(5)Ca/NFAT系が活性化(文献)
(1)~(4)は「ゲノム不安定性」を起こしますが、直接、細胞を腫瘍化するドライバー変異ではありません。ドライバー変異として見つかったのが、これです。尚、(3)と(5)はインドからの報告です。新型コロナでは中国の分子生物学者が重要な発見をしましたが、新型大腸癌ではインドの研究者がリードしているようです。
(1)~(5)は「古典的大腸癌」では見られない特徴です。更に「古典的大腸癌」で一般的な遺伝子異常(例=マイクロサテライト不安定性、染色体不安定性、APC、RAS、RAF、TGFβ、PI3Kの異常など)が新型には見られないことも複数の報告で一致しています。
つまり・・・・遺伝子解析により「古典的大腸癌と生物学的に違う新型の癌である」という証拠が揃った訳です。
どのような対策が必要か?
アスピリン・メトホルミン、運動、ダイエットは予防効果があるか?
これらは「栄養過剰を背景にした古典的大腸癌」への対策です(詳しく)。新型は開発途上国でも増加しており、肥満・栄養過剰とは関係が無い(痩せている人にも多い)という報告もありますが、大腸癌の原因として青年期における糖質摂取量を重視する報告もあります。小児肥満の方は成人肥満以上に、これらの対策が重要と思われます。
通常は生活因子が癌の原因になる場合、10年以上のタイムラグがあります。例えば喫煙で肺癌が増えるのも喫煙開始から10年以上経ってからです。これは「多段階発癌」が理由です。それで研究者達は青年期の食事、小児期の食事と大腸癌との因果関係に注目している訳です
健診年齢の引き下げは必要か?
欧米では大腸癌検診は50歳から開始します。最近、米国は検診対象を50歳から45歳へ引き下げました(文献)。日本では当初より40歳からとされており、これ以上の引き下げは現実的ではありませんが、小児肥満の方は40歳未満でも検診を考慮すべきかもしれません。一方、腺癌だけでなく「若年性カルチノイド(直腸)」も急増しており(文献)、従来の方法の検診が有効か?も疑問視されています。
ライフスタイルの見直しが重要
検診より重要なのはライフスタイルを見直すことでしょう。ベビーパウダーの発癌性が問題になっていますが、昔は「赤ん坊の汗も」など誰も気にしなかったのに、親が神経質になり、メーカーは「売れるから造った」訳です。食品の合成色素(Food Dye)も重要容疑者ですが、子供が「見た目で食品を選ぶ」限り、メーカーが合成色素を中止することは無いでしょう。
但し証明された訳では無い
驚くべきことに新型大腸癌は、「都市部よりも農村部で多い」と報告されています。「加工食品・仮説」も証明された訳ではなく、逆に工業化により癌が減ったという主張も強くあります。例えば防腐剤の添加は癌の原因と言われますが、食物のカビが作るアフラトキシンは後進国の肝臓癌の重要な原因であり防腐剤はこれを防ぎますし、水道水を次亜塩素酸で消毒することでピロリ菌感染が激減しました。工業化=癌増加説は「工 業 で 利用 される 2–ナフチルアミンや 石 綿 (アスベスト) などの 発 癌性 が 強 い 物 質 が 同 定 されて, この ような考 えが 出 てきたが、 高度 工 業 化 社会・大気汚染・食品添加物 が癌増加の原因である証拠は現時点では無い」とThe Cell(最も権威のある分子生物学の教科書)には「冷静に」明記されています(第6版p1128)。