加速する大腸癌の若年化。原因は加工食品か?

始めに
1年前に「若年性大腸癌増加の記事」を取り上げました。大腸癌リスクが平均して15年若年化しているという報告です。つまり、親が60歳で大腸癌になった方は45歳で大腸癌になる可能性がある、という意味です。最近のNatureでこの問題が取り上げられました



タバコと飲酒は重要な大腸癌の原因です(古典的リスク)。しかし、「若年化」の説明としては弱いのです。何故なら・・・
(1)多くの発癌因子は摂取してから何年も経過してから癌が増えますから、成人になってから摂取するタバコと飲酒が若年性癌の原因とは考えにくい
(2)若年性大腸癌の方は飲酒・喫煙が多い傾向はあります。しかし、タバコ・酒の若者の消費量が近年、増加したという事実はありません。
(1)タバコは右側大腸癌(高齢者に多い)と関係がある(Serrated Pathway)。しかし若年性大腸癌は左側(直腸・S字結腸)に多い

古典的・大腸癌のリスク
遺伝的要因
脂肪の多い肉
タバコ・過度の飲酒
肥満・運動不足 
   古典的リスクだけでは
若年化を説明できない
何か・・・・
重大なプラスアルファ
が、ある!
   近年、使用量が増えた
乳児〜小児期に暴露する
特に直腸S字結腸癌
と関係の深い「危険因子


研究者は「工場で大量生産される、子供の好きな加工食品」に最も注目しています。以下に代表的な仮説を紹介します



 かなり信憑性が高いと思われる要因

果糖
清涼飲料水などで我々が日々、摂取している糖は実は多くは砂糖(ブドウ糖)ではなく、ブドウ糖を人工的に変化させた果糖です。果糖が低価格で甘みが強いためです。果糖は1980年代から使用が増えており、これは子供の肥満の増加と相関することが指摘されています。そして若年性大腸癌の増加とも一致します。
APCマウス(大腸癌モデルマウス)を使った実験で果糖は「肥満を起こさない少量でも」大腸癌を増加させることが2019年のScience誌に報告され注目されました。ブドウ糖に比較して果糖は小腸で吸収されにくいため、大腸に、より多く届きます。そのため大腸の細胞が「高栄養状態」になり易いのが原因という仮説が出されています
また「ブドウ糖はインスリンなどで恒常性が維持されるが、生来、人体には果糖の恒常性を維持するホルモンは無く、少量の摂取でも果糖の濃度が非常な高値になる」という指摘があります。「果物は癌を予防する」というのが定説だったのですが、「果糖」には発癌性があった訳です。(2015年Review  2019年 Review 果糖の暗黒面)


酸化チタン
酸化チタンは白色の色素で「カラフルなお菓子」に使われています。1970年頃から「有害性の無い安全な色素」であると多くの国で認可され使用量が増えてきました。しかし2010年に国連の機関が「発癌性が示唆される」と公表し、これを受け、フランスは2020年から「全面使用禁止」にした「古くて新しい発癌物質」です
酸化チタンが大腸癌を増加させる可能性が「マウスの大腸癌実験」で多数、指摘されています(2016年報告 2017年論文 2018年報告 2019年報告 2019年報告 2020年報告 )。酸化チタンは「ナノ粒子」で経口摂取すると腸の細胞に沈着することが解っており、これが活性酸素を産生し腸の炎症から発癌を誘発するという仮説が出されています。



加工肉
ベーコン・ハム・ソーセージ・サラミ・ウインナーなどのことです。防腐剤のため通常の肉より発癌物質(硝酸化合物)が多いとされています。加工肉は「直腸・S字結腸癌の増加」の原因になるという2015年の報告があり、ここが若年性大腸癌の好発部位なので「子供の加工肉の摂取」が問題視されるようになりました。(2019年Review)。2020年のメタ解析報告でも、「大腸癌」との関係が裏付けられました。2019年の日本の研究でも(女性で)「加工肉と直腸・S字結腸癌の相関」が確認されました。



乳化剤
脂肪と水を混ぜる目的で天然の油脂などが使われます。簡単に言うなら「食べられる石鹸」です。「加工食品の乳化剤含有量が増加している」という報告が2019年にありました。乳化剤自体に発癌性があるとは考えられていません。しかし腸に乳化剤が到達すると腸細胞と腸内細菌の接触が変化します。これは細胞も細菌も細胞膜が脂肪でできているからで、その結果「軽度の慢性的な腸炎」が起きて大腸癌の原因になるという仮説が出されています。2015年にNatureで「乳化剤による腸の炎症」が報告され、2020年に「乳化剤の腸内細菌への影響」が報告され、2017年には「乳化剤による大腸癌の促進」が報告されました。



 現時点で証拠は弱いが、今後の研究を注視すべきと思われる要因

トランス脂肪酸
動脈硬化の重要な原因です。やはり加工食品に多く、数年前に欧米では大きな社会問題になりましたが、日本では摂取量が多くなかったため問題になりませんでした(農林水産省のHPが詳しいです)。複数の外資系のハンバーガー・フライドチキン、更に国内のチェーン店が「当社の製品はトランス脂肪酸を〜以下に抑えています」と強調しているのは、こういう事情からです。
動脈硬化だけではなく、大腸癌の原因になるという報告が2001年 2008年 2010年に、ありました。



白(酸化チタン)以外の食用色素

昔の食品は「素材本来の色」でしたが、それは現代では「例外的」です。「料理は目で食べる」と言われるように、「販売が最終目的」の現代の料理では色素は極めて重要な材料なのです。「〜色〜号」という名称で呼ばれ、「安全である」と認定されているのですが・・・2010年頃から「食用色素の発癌性」が問題視されてきました。例えば、赤色40号(アルラレッド)は、世界で最も多く使われる代表的な「食紅」ですが、「大腸細胞の遺伝子を傷害する」との報告があります。一方、毒性への反論もあり論争になっています( Rainbow Risk :2010年の有名な文献 追加文献 2012年文献)。更に問題を複雑にしているのは「腸内細菌により代謝され、様々な化合物に変わる」現象です。実験動物(腸内細菌が異なる)に、より「有害か無害か、異なる結果」が出ることが多いのです

「危険性が不明の色素を子供に食べさせたくない」と理性では考えます。しかし、実際には我々は「見た目」で商品を選びます。食用色素は製造者にも消費者にも「愚行」でしかありません。

幼少時の医療行為(抗生剤、ワクチン、レントゲン)
昔は子供がインフルエンザになっても「寝て治す」のが普通でしたが、最近はワクチンで予防し、罹ったらレントゲンを撮り、抗生剤を飲み濃厚な治療が標準です。結果、小児の感染症死亡は減った訳ですが、腸内細菌が変化小児肥満の原因になったのだろうという説があります。興味深いのですが「具体的に、腸内細菌がどう変化したのか?」の部分が未解明で、これが大腸癌を誘発するかは、動物実験では相反する報告があります。「大腸癌モデルマウス(APCマウス)で抗生物質が大腸癌を促進する」と2018年に報告されました。逆に「腸炎・大腸癌モデルマウスでは抗生物質が癌を予防する」と2019年に報告されました。

幼少時の肥満・運動不足

肥満・運動不足は大腸癌の重要な危険因子です(メタ解析)。そして子供の肥満・運動不足の増加が大腸癌・若年化の原因という主張です(2016年論文 2018年論文 2019年論文)。テレビやゲームが大腸癌・若年化の原因という報告さえあります。興味深いのですが、一方では「若者性大腸癌は痩せている人に多い」という報告もあります。

幼少期の牛乳の摂取

これは前回の記事で取り上げたハウゼン博士(ノーベル賞受賞者)の説です。非常に興味深い説ですが、反論(牛乳は大腸癌を予防する)も多い説です

 報告はあるが、重要性は疑問と思われる要因

化学調味料(グルタミン酸)
「昆布のうま味成分」として日本で開発されたものです。正式名称:MonoSodiumGlutamate(MSG)。グルタミン酸はアミノ酸(タンパク質の成分)ですから、発癌性(DNAを変性させる)は無く「絶対に安全である」というのが現在の定説です(FDA 厚生省)。一方、動物実験でグルタミン酸は「肥満・糖尿病を起こす」ことが報告されました(2020年Review 2019年批判的Review)。これは「より美味しくなったから、たくさん食べたから」ではありません(グルタミン酸を注射で投与した実験です)。グルタミン酸が脳(視床)に作用する、あるいは遺伝子に直接作用して起こる(食事量と関係無い)現象と考えられています。世界的に調味料の消費量が肥満の増加と相関しているために(これは、単に美味しくなったからかも?)、両者の直接的な因果関係を指摘する報告が多数あります。更には、グルタミン酸が大腸癌を促進するという論文も2012年に日本から、ありました。MSGの腸への影響の研究は最近多く( )、上記のNatureでも重視しているのですが・・・・・単なるアミノ酸の発癌性の問題視には疑問です。

精神的ストレス
腸と脳には複雑な神経回路があり精神的ストレスが腸内細菌に影響し(2017年Review 2020年日本の研究)、ひいては大腸癌の原因になるという説です(2017年・日本論文)。受験勉強・競争社会で子供・若者のストレスは増大しており、これが過敏性大腸ひいては、炎症性腸疾患の増加の原因の一つと思われます。ここまでは間違いないと思います。・・・・ただ、大腸癌増加まで起こすか?は疑問です。

アクリルアミド

糖が高温で化学変化して発生します。昔から有名な神経毒性物質で、1994年に国連により発癌物質とも認定された「古参の発癌物質」です。やはり加工食品に多く含まれます。一時、大腸癌との関係を疑う報告が多かったのですが、多くの疫学調査は否定的で、最近は「食品に含まれる量では癌の原因にならない」という報告も出ており、最近は「本当に癌の原因なのか?証拠は不十分」というレビューもあります。厚生省のサイトや農林省のサイトも「まだ懸念は払拭できない」と言う控えめな表現になっています



   この記事を書いている時に、米国から「べピーパウダーの発癌性が認定され、裁判所がジョンソン・エンド・ジョンソン社に2200億円の支払い命令を出した」というニュースが入ってきました。
まさかベビーパウダーまで・・・・と驚いた方も多いでしょう。今後は若年性大腸癌との関連も研究されることでしょう。

「懲罰的賠償」という制度がある米国では、「発癌性の可能性」が証明されると、製造者が莫大な賠償を支払うことになります。
ですから「科学者が発癌性を指摘する」→「製造者は疑わしい物質を使用中止にする」という流れができる訳です。
判決を受け、ジョンソン社は米国での販売中止を決定(懲罰的賠償の無い日本では、販売を続行)とのことです。

若年性大腸癌は「今がピーク」なのかもしれません。科学者の指摘に応じて、製造者が疑わしい物質の使用を中止すれば・・・(少なくとも米国では)これから減少していくのかもしれません。

 専門家向け
加工食品の容疑者は多いが、真犯人はだれか?この解明にはコリバクチンの研究で使われた「変異シグネチャー解析」が威力を発揮するでしょう。若年性大腸癌にはLine1の移動など、いくつかの特徴的変異がありますから、有効なシグネチャー(指紋)になります。
我々のゲノムの大部分を占めるレトロトランスポゾンで、活発に動くLine1の研究は発癌との関係で注目されています。更にCRISPR/CASシステムと同様にウイルス感染への免疫機構であるという興味深い説もあります、(大阪大学ウイルス学部)。「加工食品⇒レトロトランスポゾン⇒先進国での癌の若年化」という因果関係が証明されれば、癌の研究のパラダイムシフトが起こるでしょう。