腫瘍の持つ2面性 
癌では「悪魔は天使の生まれ変わり」という現象が見られます。そもそも癌遺伝子は細胞の分裂を起こす遺伝子であり、体を健康に保つ最も重要な遺伝子です(一方、重要な癌抑制遺伝子p16こそが老化の真犯人です⇒2021年:老化と大腸癌)。

研究者は、このような腫瘍の2面性に「癌治療のヒント」があるはずだと考え注目しています。今回は、そのような2面性の例を紹介します


腺腫は周辺組織の大腸癌発生を予防する!

どうして、このような現象が起きるか図解します


腫瘍が成長し癌化するには周囲の正常組織は邪魔(障壁)です。スペースを確保する必要があります


そこで腫瘍は「細胞分裂を抑える(幹細胞の分化を促進する)因子を周囲に分泌します。腫瘍自身はこの抑制因子には反応しません。
この現象はAPC変異腫瘍(腺腫に相当)で報告され()、さらにKRAS、PI3K異常腫瘍(過形成ポリープ・過誤腫に相当)でも報告されています(


更に重要なことは・・・この「抑制因子」の阻害剤を投与して周囲の正常組織への抑制をキャンセルすると腫瘍の癌化が防止されたということです。
NOTUM阻害剤塩化リチウムBMP阻害剤 に、このような癌化防止効果があることが実験的に確かめられています。
無論、このような戦略は諸刃の剣で正常組織に新たに腫瘍を新生させる可能性があり直ちに臨床応用できませんが興味深い報告です


食道の良性腫瘍は食道癌発生を予防する!
「腫瘍の2面性」という点で最も典型的なのが食道です。この不思議な現象は以前の記事で紹介しました(2023年Nature)

この癌抑制腫瘍は飲酒・喫煙・加齢に伴い面積を広げていき食道を広範囲に覆います。つまり「飲酒・喫煙・加齢は食道癌を予防する」という事実とは全く180度、逆の現象が起きている訳です。

広範囲に広がった食道の腫瘍です。現在は、このような病変は初期の食道癌として内視鏡で切除するのが常識ですが・・・将来は「遺伝子(NOTCH)を調べて経過観察とする」というパラダイムシフトが起きるかもしれません(まだ理論上の話です!このような病変が発見されたら速やかに切除すべきです)


老化は癌発生を予防する!
加齢にともない遺伝子の異常が蓄積され大腸癌の発生率は上がります。一方、内視鏡でポリープを切除した後に「新規にポリープが発生する頻度」は高齢者は低下します。これは幹細胞の分裂能が低下するためです(文献)。これは老化細胞が鉄の利用が上手くいかなくなるためであることが最近、報告されました
高齢になると体内の鉄の蓄積が増え、これが有害であるという説があります(東邦大学薬学部)。
近年、アンチエイジングが流行ですが癌促進のリスクを含んでいます。特に高齢者はサプリなどで鉄を補充するのは慎重になるべきと言えます。


過形成ポリープはなぜ癌化しにくいのか!
この問題は上記と同義な問題です。過形成ポリープ・SSAPは「老化状態」にあります。細胞分裂も細胞死も起こさず「無変化」のまま経過しますが、若返り(老化の解除)で急速に癌化します(⇒老化と大腸癌)。



この現象のカギはBRAF遺伝子(過形成ポリープの原因)の持つ「2面性」にあります(⇒以前の記事

BRAFは細胞分裂を促進(癌化促進)しますが、同時に分化の促進(=細胞老化を起こす)も起こします。これが過形成ポリープ・SSAPが「老化状態」にある理由です。


潰瘍性大腸炎は癌化を予防する?
潰瘍性大腸炎の方が大腸癌のリスクが高いことは確定した事実です。逆説的な話ですが潰瘍性大腸炎ではIL17系に異常が生じ炎症に適応した細胞が生き残ります。不思議な話ですが、このIL17系の異常は「腫瘍抑制的」に働きます(⇒2022年記事)



大腸の炎症には「癌を促進する面」と「癌を予防する面」の2面性がある訳です。

このような現象は胆道で報告されています。
自己免疫性の胆管炎には2タイプがあります。PSC(硬化性胆管炎)とPBC(胆汁性胆管炎)です。PSCは胆道癌の発生が多いのですが、逆にPBCでは「健康な人よりも少ない」ことが解っています。自己免疫の炎症が癌抑制に働いている訳です(文献)。

「どのような抗炎症薬が潰瘍性大腸炎の癌予防に最も有効か?」は難しい問題でメサラジン、アスピリン、スリンダクなど多くの研究があります(⇒2021年記事)。
将来は癌促進性の「悪い炎症」を抑え、「癌予防性」の「良い炎症」を残す薬剤が登場するかもしれません

医学は単純ではなく「2面性」を持っているということは医師も患者さんも忘れてはいけません。(臨床試験によるエビデンスが大事!)

その最たるものは
ポリープ切除が大腸癌を促進する?という可能性です

この問題(不完全切除)は「1分間ビデオ」でもとりあげました


この問題の詳細を2018年記事で、取り上げましたが、最近は状況が悪化しているように感じます。背景には訴訟の増加とSNSなどの評判が医師への圧力になっている事情があります。つまり医師がポリープ切除の偶発症に過敏になっているために「極力、小さく切除する風潮」が蔓延しているのです。