過形成ポリープはナゼ癌化しにくいのか?

初めに
大腸のポリープは大きく2種類あります。腺腫と鋸歯状病変(=過形成ポリープ・SSL・SSAP)です。両者は癌化のリスクが大きく異なります

ざっくり言いますと・・・

「腺腫は癌化の危険が高い。しかし癌化しても悪性度が低い(CMS2,3)」

これに対して
「鋸歯状病変は癌化の危険が低い。しかし癌化すると悪性度が高い(CMS1,4)」
となります
より危険なのはどちらか?は議論のあるところで、鋸歯状病変こそが「大腸癌死亡の真犯人」と考える研究者も多く、当サイトでも取り上げました(⇒SSAPの持つ二つの顔大腸癌の起源)。

最初の鋸歯状病変=「過形成ポリープ」はBRAFという遺伝子の変異で発生します。他の臓器の癌ではBRAFは凶暴な癌遺伝子です。何故、大腸の鋸歯状病変だけ癌化しにくいのでしょうか?
「疑問」こそが科学の源ですが、非常に興味深い事実が解りました



このBRAFには「細胞分裂を促進する(癌化に働く)」面と、「腸管の幹細胞を分化させる(癌化の抑制に働く)」面の「2面性」があることが解ったのです(下記文献リスト)





以前の記事で「腺腫は胎児。SSAPは老人。そして老化とは癌化を防ぐ安全装置である」という説を紹介しましたが、これはBRAFで細胞分化が行き過ぎて「老化」になったと解釈できる訳です。



以前の記事で『大腸の腫瘍の出自には「幹細胞ルート」と「表層ルート」の二つがある』という2021年のCellの報告を紹介しました。これらの知見をまとめると以下のようになります。




「腺腫とは?過形成ポリープとは?その差は何か?」という大腸内視鏡の専門医が皆、持っていた疑問が明確に解明されたと言えます。

そして、より重要なことは「鋸歯状病変は、どのような状況下で癌化し易いか?」という命題のヒントが得られたということです

BRAFの「癌化抑制効果(分化促進効果)」はWNTやSMAD4の変異で「キャンセル」されることが分りました。

WNTは腺腫のSMAD4は「若年性ポリープ」の原因遺伝子です。これから以下のような臨床的に有用な推論ができます

「腺腫の多発している人(=体質的にWNTが異常)や若年性ポリープの多発している人(=体質的にSMAD4が異常)に発生した過形成ポリープは非常に危険な病変である」




文献
BRAFは通常は腫瘍抑制的だが、未分化な状態では狂暴になる(BRAFの2面性を最初に報告した重要研究)
Degree of Tissue Differentiation Dictates Susceptibility to BRAF-Driven Colorectal Cancer



BRAF変異は分化を誘導して幹細胞化を阻害することで「腫瘍抑制的」に作用する。この抑制効果はWNTによりキャンセルされる
Transgenic expression of oncogenic BRAF induces loss of stem cells in the mouse intestine, which is antagonized by β-catenin activity
BRAF⇒ERKは強すぎると腫瘍抑制的になる。癌化には適度(Just-Right)な活性化が必要
FAK loss reduces BRAFV600E-induced ERK phosphorylation to promote intestinal stemness and cecal tumor formation
SMAD4でBRAFの癌抑制効果はキャンセルされる
SMAD4 is critical in suppression of BRAF-V600E serrated tumorigenesis