「内視鏡治療+放射線化学療法」という第三の路

乳癌に対する乳房温存療法の先駆者の一人とされている近藤誠氏(元慶應大学放射線科講師)が亡くなりました。乳房温存手術と全摘手術の最大の本質的違いは「切除範囲が大きいか小さいか」というよりも「リンパ節を外科的に廓清するか?放射線治療だけにするか?」という点にあります(下図)。「その効果には差が無い」と結論されたので乳房温存手術が普及した訳です。



以前、「直腸癌の手術が無くなる日」で直腸癌の手術成績が以下のようであったと紹介しました。

)局所切除リンパ節廓清有りの拡大切除放射線化学療法+リンパ節廓清有りの拡大切除局所切除+放射線化学療法(

つまり、リンパ節廓清には明らかに延命効果はある。しかし「リンパ節の外科的廓清」<「リンパ節への放射線化学療法」という傾向が見えてきた訳です。記事で紹介した卵巣癌での比較試験からも、これは証明されたと言えます。

もちろん「放射線や抗癌剤は使いたくない」と言う方には「外科的廓清」が選択になりますので、直ちに外科的廓清が無くなる訳ではありませんが、医学的に注目すべき事実です。


なぜ(乳癌では)放射線化学療法が良いのか?大きな理由は、以前「超早期転移モデル」で紹介したように「乳癌は早期に全身に転移する全身病である」という理論からです。この理論は現代の乳癌治療の核心となるものですが、同じく超早期転移が言われている高悪性度・大腸癌(CMS4型)や食道癌にも適応されます(下図)。


2019年Natureより



そして、もう一つの理由は以下に述べるように「免疫療法としての側面」が放射線化学療法に有るからです。


放射線治療とは免疫療法であるという新説 
アブスコパル効果(下図)という不思議な現象が昔から知られていました。今日では、この現象は「放射線で免疫応答が誘発されたから」と説明されています。

以前は「稀な現象」と考えられていましたが、現在では「進行癌では免疫抑制状態になっているために観察されないだけ。チェックポイント阻害剤などで免疫を賦活すると、実は(抗原性の高い癌では)ありふれた現象らしい」と考えられています(2018年NatureReview 2021年Review 2021年Review )。





アブスコパル効果の機序
前回の記事で「癌免疫の正体は実は「活性化された内在性ウイルスへの攻撃である(Virus Mimicry理論)」という最新理論を紹介しました。アブスコパル効果は、この理論と深い関係があります。放射線照射により細胞内に「小胞に包まれた断片化したDNA」が出現します(下図)。これはウイルスそっくりで細胞内にある「ウイルスセンサー(TLRと呼ばれます)」をONにします。その結果、腫瘍免疫が起こる訳です。
このONを起こすのがSTING経路で、現在、製薬会社の開発競争のターゲットです。


2021年Parallels Between the Antiviral State and the Irradiated Stateより引用




抗癌剤とは免疫療法であるという新説 
死にゆく細胞は生きている細胞に多くのメッセージを残します。このような細胞死は「免疫源性・細胞死ICD=Immunogenic Cell Death」と呼ばれます。放出される物質はDAMPsと呼ばれ、周囲の免疫細胞を活性化します。警告メッセージを出す訳です。

つまり「細胞毒性抗癌剤は免疫増強剤である」というのが最近の理論なのです(2020年Review 2020年Review 2020年Review 2021年Review 2022年Nature Review)。

全ての抗癌剤が免疫的細胞死(ICD)を起こす訳でなく、むしろ「起こすのは少数」のようです(2022年Nature Review)。例えばプラチナ系抗癌剤ではオキサリプラチンはICDを起こしますが、シスプラチンは起こしません。また一般に分子標的薬は『細胞分裂シグナルの停止⇒細胞の休眠(G0停止)⇒アポトーシス』を起こしますが、「アポトーシスはICDを起こさない。逆に「免疫的寛容」を誘導する」というのが定説でした。しかし最近いくつかの分子標的薬はICDを起こすと報告されています。これは分子標的薬が内在性ウイルスを活性化するVirus Mimicry理論で説明されています(2017年Nature)。放射線化学療法や分子標的薬の組み合わせは、今までは試行錯誤だった訳ですが、今後はICDの研究により、科学的なレジメンが生まれると思われます





アブスコパル効果やICD効果は免疫細胞が必要ですから、癌周囲のリンパ節を廓清したら失われます。
これらの知見から・・・
「外科的廓清よりも放射線化学療法が優れている」のは「体への負担が小さいから」ではなく「免疫を賦活するので、外科手術より根治性が高い」点だという意見が出てきました。
「超早期転移理論」では進行癌では手術をする時点で微小な転移が全身に広がっていると想定します。手術では根治出来ません。必ず再発します。
ワクチンで感染症への免疫が長年も続くように、癌への免疫療法でも「長年続くワクチン効果があることが解って来ました。
「癌の根治」とは「全身から癌細胞=ゼロ」の状態なのではなく、免疫記憶の監視で再発が予防されている状態である、という意見があります。これらの記憶細胞はエフェクターメモリーT細胞(TEM)、ステムセルメモリーなどと呼ばれ最近、発見されたものです。手術は「癌細胞=ゼロ」を目指します。しかしリンパ節は、このような癌と戦っているリンパ球の宝庫です。「手術時にリンパ節を除去してはいけない」というパラダイムシフトが、もしかしたら起きるかもしれません。




食道癌の治療は変わるか? 

食道癌は(1)早期に広範囲にリンパ節転移を起こす(2)手術が開胸となり負担が極めて大きい、ことから「手術以外の方法(放射線化学療法+免疫)」が模索されてきました。

その点では肺癌や乳癌に近いのですが、大きな違いは「食道では内視鏡という大きな武器がある」という点です。


まず早期の食道癌(といってもリンパ節転移のリスクは胃の進行癌並みです)に対して「内視鏡で原発巣を治療し、リンパ節転移に対しては放射線化学療法を行う」という治療でも従来の外科手術と成績が同じことが報告されました。現在では、これが「早期食道癌の標準治療」となりました。


2019年の日本からの報告



更に進行癌でも、直ぐに手術をするのではなくて、まず化学療法を行う。化学療法が効いたなら放射線を行い根治させる(ChemoSelection)という方針が出てきました。「抗癌剤が効く癌は放射線も効く(逆もまた真)」という現象が根拠ですが、これは分子生物学的にも証明された事です(DNA切断⇒アポトーシス経路の温存)。
ChemoSelectionは導入化学療法とも呼ばれ頭頚部癌では標準治療となっています。食道癌においても成績は良好であり、今後の「進行食道癌の標準治療」になると思われます。



2021年の報告「ChemoSelection戦略」より



しかし放射線化学療法も良いことばかりではありません。治療後の再発の多くは「食道の原発部(Locoregional recurrence)」です(2021年)。再発をゼロにする確実な方法は放射線量を増やすことです。しかし食道の周囲には心臓や肺が隣接しているために放射線量を上げると心臓や肺の合併症を起こします(晩期毒性)。

放射線量を上げることなく「原発部位」に、より強力なパンチを与える方法が必要です。

有望な一つの方法は内視鏡的全層切除(EFTR)という技術です(下図)。しかし、腫瘍が大きいと限界があります。



次に有望な方法は陽子線(重粒子線)です。「陽子線+放射線化学療法」で外科手術を上回る成績も報告されています(下図)。ただ、この方法は全国どこででも出来る訳ではありません。

福井県立病院 陽子線がん治療センターの進行食道癌への陽子線併用放射線化学療法の成績(生存率)



最終手段と言うべき方法は腫瘍融解性ウイルスを内視鏡を使って、直接、食道癌に局注する方法です。

 現在、国内で開発されている腫瘍融解性ウイルスは二つ(テロメライシンとG47Δ)あります。
テロメライシンは岡山大学で開発された改造アデノウイルスです。当初から食道癌を重点的対象にしています2021年に食道癌の治験(フェーズ1)を完了し、現在、フェーズ2を進行中です。製造元のオンコリスバイオファーマ社は「2024年の承認」を目指すと宣言しています
G47Δは東大で開発され改造ヘルペスウイルスです。脳腫瘍で優れた成績を納めました(2022年Nature Medicie 2022年Nature commu)。そして最近食道癌のマウスモデルで効果が確認されました。この研究には食道外科の先生も参加しており今後臨床応用へと進むと思われます。

重要な点はウイルス療法はあくまでも局所治療だという点です。全身にウイルスがいきわたる量を投与すれば全身治療が可能ですが重篤な炎症反応を起こします。但しVirus Mimicry理論から強力な腫瘍免疫を誘発すると期待されています。但し、局所治療とは言え効果は3次元的な領域に及びます。これは複製能力を持ったウイルスを使うからで、ウイルスが複製・増殖して周囲に感染が広がるのです。このような3次元的な広がりの治療効果は、他の内視鏡治療(ESD,PDTなど)では期待できません。




直腸癌の治療は変わるか? 
「手術の負担」という点で、直腸は食道癌ほど深刻では無いのですが、外科手術は人工肛門という深刻な問題がありますから「手術以外の方法(放射線化学療法+免疫)」が模索されてきました。

直腸は幸いにして肛門から太い内視鏡を入れることができるためTEM(径肛門敵内視鏡下顕微鏡手術)という方法が発達し、上記の内視鏡的全層切除(EFTR)以上の処置が可能です。

このテーマは以前、「直腸癌の手術が無くなる日」で取り上げましたが、その後、更に、驚くべき報告がありました。
MSI陽性の直腸癌は進行癌でもオブジーボなどのチェックポイント阻害剤で100%治る(手術は全く不要)2022年のNEJM誌に報告されました。MSI陽性癌は大腸の右側(上行結腸)に多く直腸は少ないのですが非常に重要な知見です




チェックポイント阻害剤と消化器癌
ところでMSI(+)大腸癌が免疫療法がよく効くのに他の消化器癌は何故、免疫療法が効かないのでしょうか?前回の記事で「オブジーボの効く癌と効かない癌」を取り上げましたが、この対策が現在の最重要課題です。
効くか否かを決める重要な因子は(1)PDL1陽性か?(2)抗原性が強いか(MSIの有無)(3)癌の周囲の間質(Tumor MicroEnvironment)の3つが重視されています

  免疫療法 の効き具合 考えられる原因 
 大腸癌  MSI(+)なら良く効く MSI(+)が多い(CMS1型)。 PD-1, CTLA-4, TIM-3, TIGIT, PD-L1などのチェックポイント分子が広範囲に発現(例外はLAG3のみ)
 食道癌  少し効く。 MSI(+)は稀。半数でPDL1陽性(CheckMate 648試験)。一方 重要なのはPDL1でなくLAG3であるという報告もある
 膵臓癌  ほとんど効かない。  MSI(+)は稀。多様なチェックポイント(IC)分子の発現は多いが、間質に免疫抑制細胞が多いのためIC阻害剤が効かない。稀だがMSI(+)ならIC阻害剤が効く
本来、MSIという現象自体が大腸癌(HNPCC)で発見された現象ですから「大腸癌はMSI(+)が多い=効きやすい」のは当然とも言えます。
逆に、膵臓癌に免疫療法が効かない原因は、豊富な繊維化した癌の周囲の間質(Tumor MicroEnvironment)にあると考えられています。大腸癌の中でも免疫療法の効かないタイプ(CMS4型 MSI(-))やスキルス型胃癌に似ています。最近TMEをターゲットにした研究が、始まっており(2021年2021年)、膵臓癌の研究がCMS4:MSI(-)大腸癌やスキルス胃癌の免疫療法の突破口になると思われます。




胃癌の治療は変わるか? 
現在、胃癌の治療は手術が中心であり放射線化学療法は補助的的な治療(食道・直腸・肛門と異なり根治を目指す治療ではない)という位置づけです。しかし、実は胃癌は理論的に放射線化学療法が著効する癌です。

下図は胃癌のゲノム解読(米国TCGAプロジェクト)の結果です。
円グラフのオレンジ色EBウイルスが原因の胃癌です。また水色はMSI(+)の癌です。この両者を合わせると胃癌全体の3分の1になりますが、これらは(他の癌の研究から)放射線化学免疫療法が著効するはずです。今後は、この「3分の1の胃癌」に対しては「内視鏡治療+放射線化学・免疫療法」で治療する時代が来る(特に高齢者の方)と予測されます。
   

胃癌TCGAプロジェクトより CIN型=染色体不安定型。腸上皮化生を元に発生する分化型胃癌に相当。ピロリ菌と強い関連あり。GS型=ゲノム安定型(抗原性が低い)、びまん性に広がるタイプで未分化癌、印鑑細胞癌に相当 EBV=EBウイルス陽性(抗原性が高い) MSI=マイクロサテライト不安定型(抗原性が高い)


今後の展望

現在、消化器癌の治療の中心は手術であり、内視鏡治療は極初期の「粘膜内癌」に限られています。欧米の基準では浸潤の無い粘膜内癌は癌とは見なされませんので「本当の癌は内視鏡治療の対象ではない」と言える訳です。2019年の日本からの早期食道癌の内視鏡治療の報告2019年の米国からの直腸癌の内視鏡治療の報告は「本当の癌(浸潤性癌)」が内視鏡で根治出来ることを証明した革命的と言えるもので、今後、乳癌と同じパラダイムシフト(臓器温存療法)が起きるかもしれないと期待させるものです。。
放射線化学療法にチェックポイント阻害剤を併用する臨床試験が、肺癌、食道癌、子宮頸癌などで複数が進行中です。将来、究極の併用=「放射線化学療法+チェックポイント阻害剤+ウイルス療法」が完成すれば、その時にパラダイムシフトが起こると思われます。