SETDB1;潰瘍性大腸炎の「病因」を癌の治療に利用する


チェックポイント阻害剤(オブジーボ)は効かない癌がある
免疫チェックポイント阻害剤(ノーベル賞を受章した本庶博士のオブジーボなど)は有効な方には著明な効果が見られるのですが、効かない方には全く効かないという特徴があります。そのような方たちは、何故効かないのか?改善策は無いのか?は、現在、大きな課題になっています。

DNAメチル化を阻害すると癌の性質が変わりオブジーボが効くようになる(2020年Review
DNAメチル化阻害剤というのは、比較的、最近、導入された新しい抗癌剤です。この抗癌剤がどのような機序で効くのかは十分に解明されていないのですが、癌の免疫状態を変えるという性質が注目されています。

ではDNAメチル化阻害剤は何をしているのか?
では何故、メチル化阻害剤は癌の免疫状態を変えるのか?が探求されました。そしてSETDB1という「DNAをメチル化(=DNAサイレンシング)」する酵素の働きに拮抗していたということが解りました。つまりSETDB1を抑えると癌の性質が変わりオブジーボが効くようになる訳です(2021年Nature)。
ではSETDB1は何をしているのか?
これは内在性ウイルス(トランスポゾン)を抑制している「抗ウイルス」分子です。ウイルスが組み込まれたゲノムの部分をメチル化するとことでサイレンシング(ゲノムが転写されない状態)を起こし、ウイルス・ゲノムも眠らせてしまう訳です。




このSETDB1の機能が落ちると・・・・内在性ウイルスが暴れだし潰瘍性大腸炎や若年性大腸癌の原因になります(2021年記事2022年記事)。




しかし癌細胞の中で暴れだした内在性ウイルスが細胞の自然免疫系を刺激して、免疫細胞に「自分の体内にウイルスが感染している。自分を殺してくれ!」というシグナルを送ります。

これが「癌細胞への免疫」となる訳です(下図)。

河本宏博士の名著「もっとよく解る免疫学」より引用させていただきました


河本宏博士の著書には「癌免疫というものは存在しない。ウイルスへの免疫機構が偶然、癌にヒットしているのである」という最新の理論が紹介されています。



癌免疫の正体は実は「活性化された内在性ウイルスへの攻撃である(Virus Mimicry理論 文献)」という理論です。

驚きですが、これは進化論的にも合理的な話です(下図)。




以上から
「内在性ウイルス」は病気の原因であると同時に、病気の治療の鍵になる、という現象が解明された訳です(当に毒が薬になる訳です)。

現時点では臨床の場では「DNAメチル化阻害剤」は何種類かが使用可能ですが、「SETDB1阻害剤」は未だです。「DNAメチル化阻害剤」はゲノムを非特異的に広範囲に脱メチル化しますから副作用もあります。より特異的な「SETDB1阻害剤」は製薬会社の最も重要な開発競争の一つになるでしょう。