消毒液併用の意義について・・・・・
内視鏡の消毒薬として日本で認められているのは(1)フタラール(2)過酢酸(3)酸性水の3つです(*)。通常、これらのうち一つの方法で消毒されますし、それで十分とされています。これで、肝炎、エイズ、結核などの「内視鏡を介して感染を起こす既知の病原体」は全て死滅するからです(高レベル消毒薬)。 (*高レベル消毒薬にはもう一つ「グルタールアルデヒド」がありますが、フタラールは「改良型グルタール」とされているのでリストに入れていません)。
ステリスでは1回の消毒(全検査間消毒)に、3つの高レベル消毒薬全て+アルコールの4種の薬剤を使います。全てを併用する意義は2点あります
(1)各消毒液の弱点を補強し合い未知の病原体対策もおこなう
(2)各システムの弱点を補強し「エラー」に対する予防を建てる・・・・・・という意義です
*消毒時間延長の根拠はこのページの後半「高レベル消毒に使われる消毒液の解説」を、お読みください
まず、エピソードを紹介します
<エピソード1>数年前まで高レベル消毒薬といえばグルタールアルデヒドでした。「値段が高いが、完璧な消毒ができる」と誰もが期待していました。しかし結核の仲間(M.chelonae)が耐性であることがわかりました。自動洗浄機内部が一旦、M.chelonaeで汚染されると・・・耐性菌にとっては消毒薬は「栄養」であり自動洗浄機が最大の感染源になります。驚くべきことに、この菌はグルタールアルデヒドでビクともしないのに、アルコールという「最も安価で古く弱い消毒薬」で容易に死ぬことがわかりました。M.chelonaeの洗浄機汚染事故について詳しく・・・
<エピソード2>酸性水のメカニズムは白血球の殺菌機序と同じであり、数年前の本には「理論的に耐性菌は考えられない」と記述され、一時は「内視鏡消毒の本命」と言われました。しかし、結核菌に弱いことがわかりました。この問題は最終的にはメーカーが酸性水の自動洗浄機を「自主回収」するという騒動になりました・・・・(補)その後、メーカは「酸性水が結核を殺せなかったのは菌の培養液の混入で活性が落ちたため」と学会で報告。
以上のエピソードは何を意味しているのでしょうか?
新しい高レベル消毒薬(フタラール、過酢酸)はM.chelonaeにも有効であり、まだ耐性菌の報告はありません。しかし、これは「使用歴が短いから、まだ見つかっていない」と考えるべきです。「5千種の細菌、3万種のウイルス」を単一の消毒薬で全てカバーできるか?・・・合理的な疑問でしょう
では、「現時点で、できる限りの防衛策」は何か?・・・・答えは「ヒット理論」から導かれます。消毒薬には固有の攻撃目標があり、敵が少なくなると当たり難くなるという理論です。単一の消毒薬で「消毒時間を延長する」のは現実的に賢明ではありません。攻撃目標(ヒット)の違う複数の消毒剤を組み合わせるのが理論的に「最善の攻撃」です。
一般に消毒効果は横軸を時間にすると対数曲線になり、消毒時間をただ延長するのは現実的には時間の制約の大きい「全検査間消毒」に有効な手段ではありません。
各消毒薬の殺菌機序と一般的に考えられている消毒剤の強さ
過酢酸 酢酸ラジカルとヒドロキシラジカルによる酸化、分解反応 最強(高レベル) フタラール アルデヒド基と蛋白のアミノ基の脱水反応(シッフ塩基生成) 最強(高レベル) 酸性水 次亜塩素酸、塩素による酸化反応と酸性環境(pH2.7) 強い(中レベル) アルコール 細胞膜の脂質の溶解 弱い(中レベル) 最強とされるフタラールと過酢酸が、ステリスの主役です。両者の殺菌機序は正反対で攻撃目標は重複していません。
わかり易く言うと・・・過酢酸と酸性水は「焼き殺す」、フタラールは「固めて殺す」、アルコールは「溶かして殺す」、また酸性水は「酸性でも殺す 」と言えます。
「消毒剤耐性菌」の問題はウイルスの場合は、より複雑です。 そして、これこそが、消毒で最も重要な点です。(詳しくは・・・・・・) |
2つの自動洗浄機によるダブル洗浄
過酢酸とフタラール消毒は自動洗浄機で行います。各々、日本製のトップメーカー製です。(過酢酸はオリンパス、フタラールはアマノ)。しかし、「自動洗浄機なら絶対安心」と考えるのは間違いです。機械には「構造的死角」の可能性があります。「器具の重なりによる未洗浄部分の可能性」「チューブの目詰まりによる洗浄不良」などです。もちろん認可を得て市場に出る前に検査が済んでいますからそのような危険は「稀」ですが・・・。2つの洗浄機を組み合わせることで、稀なエラー(死角)への対策ができます。
自動洗浄機の洗浄の様子(左が過酢酸、右がフタラール)
*追加の酸性水、アルコール消毒は内視鏡を患者さんの体内へ挿入する直前におこないます。これは、洗浄機で清潔になっても「洗浄機から取り出し、保管庫に入れてだし、セッテングするまでの間」に、接触により内視鏡が再び汚染されるエラーへの対策も兼ねています。これは酸性水とアルコールの「消毒が短時間ですみ、残留しても人体に全く無害」という特長を利用しています。
高レベル消毒に使われる消毒液の解説
過酢酸
開発の経緯
殺菌作用は1900年頃に発見されていたが消毒液としての実用化は1975年になってから。日本では聞きなれないが、実は「古株の消毒薬」。過酸化水素との混合液がFDAより滅菌消毒とし認定され、透析ラインの消毒にも使われている。一時、内視鏡の消毒にも使われたが機器のダメージが強く、各社は発売を中止。一時、市場から姿を消した
その後、日本のサラヤ(株式会社)が緩衝剤を入れて機器へのダメージを軽くした「過酸化水素抜きの過酢酸=アセサイド」を開発、発売した(FDA認定の過酢酸とは微妙に成分が違う)。内視鏡のトップメーカー「オリンパス」はアセサイドを消毒薬として正式採用。専用の自動洗浄機OER−2を発売した。
特徴・・・・現在市販されている消毒薬で芽胞も殺せるのはアセサイドのみ。内視鏡のトップメーカー「オリンパス」が正式採用した意義は大きい。なお芽胞を確実に殺す滅菌には「消毒時間10分」が必要です。日本では一般には「5分間消毒」を採用している施設が多いのですが、ステリスでは「確実な滅菌効果」を選択し「10分間消毒」を採用しています。
<芽胞とは細菌の卵です。芽胞を作るのは、たんそ菌、破傷風菌など一部の細菌のみです。>
フタラール
開発の経緯
かってグルタールアルデヒドが内視鏡消毒の「標準」であった。(ジョンソン&ジョンソンが発売)しかし(1)消毒に時間がかかり全検査間消毒に向かない(2)人体への毒性・・・が問題になった。ジョンソン&ジョンソンはこれらの問題を解決した「改良型グルタール=フタラール」を開発した。両者ともアルデヒドで還元反応で消毒をおこなうので作用機序は過酢酸とは全く逆。
「全検査間消毒」とは
以前は検査前の血液検査で肝炎、エイズ陽性者(だけ)を振り分けて、陽性者の場合のみグルタールアルデヒドで消毒するというのが一般の日本の病院の方針でした。しかし、血液検査でわからない病気がたくさんありますから(例えば人に癌をつくるパピローマウイルス)、一部の病気だけ調べた検査の結果で消毒法をわけるのでなく「全員に対し同じように完全消毒する」というのが現在の考えです。
特徴・・・・世界で最も厳しいFDA(で米国食品医薬品局)で内視鏡の消毒として正式認定を受けている。この意義は非常に重い。ただしFDAは12分消毒を薦めているが、日本の多くの施設は5分間消毒を採用している。(予備洗浄が十分ならば5分で十分とのことから厚生労働省は5分間消毒を承認している)。ステリスでは「15分間消毒」としています。
酸性水
開発の経緯
他の2剤が世界的大企業製なのに対して酸性水は日本の会社(三浦電子)により開発された「純国産」。前述のように一時は「内視鏡消毒の本命」と考えられましたが(1)結核菌に弱い(2)有機物が混入すると消毒活性が落ちることから、内視鏡学会で「条件付き承認」となり、メーカー(三浦電子=興研)が酸性水の自動洗浄機を「自主回収」するという騒動になった。
特徴・・・・殺菌の成分は次亜塩素酸。これは昔から殺ウイルス効果が広く確認されている。安価ですから毎回「新しい造りたて」を使用します。フタラール、過酢酸のように「反復使用」することはありません。なお、市場には家庭用も含め、様々な会社から「酸性水精製機」が出回っています。過酢酸やフタラールのように特定大企業の独占でないことで「低価格」であるが、逆に質(殺菌活性)の、ばらつきが大きい原因となった。
私見
フタラールと過酢酸は発売の時期も、消毒時間も一緒で(?)、現在、ジョンソン&ジョンソンとオリンパスの激しい市場競争になっています。しかし悲劇の消毒薬、酸性水にも「捨てがたい魅力」があります。
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