コレステロール低下剤で大腸癌が予防できるか?(癌の統一理論)
栄養過剰はタバコと並ぶ人類最大の発癌因子
大腸癌・乳癌・子宮体癌などは「先進国に多い癌」で栄養過剰が大きな原因です。これらの癌は動脈硬化と病因が共通しており、予防法も共通しています
栄養過剰が何故、病気の原因になるか?これは未解明の部分も多いのですが(⇒2021年記事)、「慢性的な炎症」「糖代謝異常」「脂質代謝異常」の3つが重視されています。
栄養過剰は慢性的な炎症を起こし発癌の原因になります。これが「アスピリンが癌を予防する」機序です。
癌細胞の代謝異常は、近年、研究が加速している分野です(2020年Review)。このうち「糖代謝異常」はメトホルミンで是正されます。
現在アスピリンとメトホルミンの併用(ASAMET療法)は大腸癌の最も有効な予防法と考えられています。
それでは・・・3番目の異常である「脂質代謝異常」と発癌の関係はどうなのでしょう?
スタチンはコレステロールを低下させる薬でメタボリックシンドロームの治療(=動脈硬化の予防)のカギとなる薬剤です
自然現象の解明には「統一論的な考え」が役に立つことが多いです。これから「スタチンも大腸癌の予防になるのではないか?」という類推が生まれる訳です。
スタチンに大腸癌予防効果はあるか?・・・・矛盾する報告が多く混沌としている
実はスタチンが大腸癌を予防するという報告は古くから複数あります(2005年NEJM、2016年 2019年 )。
2024年のNatureの「発癌と予防」の最新レビューでは癌予防薬として有望な薬剤は以下の4つを紹介しています
(1)抗ホルモン剤(乳癌・前立腺癌)
(2)アスピリン(中枢神経系、乳房、食道、胃、頭頸部、肝臓、胆管、結腸直腸、子宮内膜、肺、卵巣、前立腺、膵臓など多くの癌に有効)
(3)メトホルミン(1,2に比べるとエビデンスは少ない)
(4)スタチン(エビデンスは少なく更なる試験が必要)・・・まだルーキーの扱いです
ビタミンD,EPA,葉酸、オルニチンなど、その他は完全に無視です
特にスタチン使用で「炎症性腸疾患患者に発生する大腸癌(colitic Cancer)が著明に予防される」と2016年に報告されました(しかし2019年の報告、2020年の報告では効果が否定されました)
2019年、韓国から「3万人の患者を13年、追跡した研究」では「高コレステロール血症の患者では高量スタチン使用は大腸癌リスクを低下させる」と結論されました。
しかし2022年米国から「15万人を24年間追跡した研究(Nurses' Health Study and Health Professionals Follow-Up Study:米国の大規模な臨床研究)」では「スタチンは大腸癌のリスクを低下させない。逆に増加させる可能性がある」と結論されました
人間の観察研究には限界がある。
上記の米国の大規模な臨床研究をどう解釈するか?「人間の観察研究」というのは解釈が難しいです。「スタチンを服用している人は大腸癌が多い」という観察結果も、そもそもスタチンを服用している方は肥満の方が多いですから「大腸癌リスクが高い」のは当然の結果とも言えます。
科学的に白黒をはっきりさせるには偽薬を使った比較試験が必要なのですが、「コレステロールの高い方にスタチンの偽薬を飲ませる」というのは倫理的に難しく不可能です。
遺伝子組み換えマウスが突破口になる
このような問題の突破口になるのが「遺伝子を改変して人と同じ大腸癌を発症するように人工的に作られたマウス」です。このマウスを使えば食事で高コレステロール血症にしてスタチンの効果を偽薬と(厳密に同じ条件で)比較できます。
最近、このような研究が2編ありました(2023年、2021年)。いずれも大腸発癌において脂質代謝異常が重要な役割を演じていること、スタチンがこれを予防する効果がある、と結論しています
興味深いことに2023年の報告ではスタチンは過形成ポリープ(SSL,SSAP)には有効だが腺腫には無効、と結論しています。人の報告で明快な結果が出なかった理由は、ここにあるのかもしれません
血圧を下げる薬で大腸癌を予防できるか?
さてメタボリックシンドローム(動脈硬化)の予防では、上記の「慢性炎症」「糖代謝」「脂質代謝」以外にもう一つ、重要なものがあります。「高血圧(交感神経の過剰)」です。
統一理論的考えから「血圧を下げる薬で大腸癌が予防できるのでは?」という類推が生まれます。
この問題はストレス(=交感神経過剰=高血圧)が癌の原因になるか?という課題で最近、研究が進んでいる分野です(⇒2021年記事)。実際にβブロッカー(交感神経を抑える降圧剤)が癌予防になるという報告も散見されます(ただし、まだまだ少数です 1,2,3,)
癌の本態は細胞の異常な増殖です。そして動脈硬化の本態も血管平滑筋の異常な増殖です。心臓・血管の病気と癌には重要な共通点がある訳です。将来、動脈硬化と癌の研究が統一されれば物理学の統一理論のような壮大な話になるでしょ