コレステロール低下剤で大腸癌が予防できるか?(癌の統一理論)



           2016年、IARC(国際癌機構)の声明


大腸癌・乳癌・子宮体癌などは「先進国に多い癌」で肥満(栄養過剰)が大きな原因です。これらの癌は動脈硬化と病因が共通しており、予防法も共通しています(下図)。物理学には「大統一理論」というのがありますが、当に「現代病の大統一理論」と言えます。


栄養過剰が何故、病気の原因になるか?これは現代分子生物学の大きなテーマです(⇒2021年記事)。「慢性的な炎症」「糖代謝異常」「脂質代謝異常」の3つが重視されています。
栄養過剰が慢性的な炎症を起こすという発見は、当初は驚くべき内容でしたが、これが「アスピリンの癌予防効果」の根拠と考えられています。
癌細胞の代謝異常は、近年、研究が加速している分野です(2020年Review)。「糖代謝異常」はメトホルミンで是正されます。

現在アスピリンとメトホルミンの併用(ASAMET療法)は大腸癌の最も有効な予防法と考えられています。
しかしアスピリン+メトホルミンという組み合わせは本来はメタボリックシンドロームの治療薬(=動脈硬化の予防薬)です。
実は大腸癌と動脈硬化には重要な共通点があることが示唆されます。

それでは・・・3番目の異常である「脂質代謝異常」はどうでしょう?
スタチン(コレステロール低下剤)はメタボリックシンドロームの治療(=動脈硬化の予防)のカギとなる薬剤です
統一理論的な考え方から・・・・「スタチンが大腸癌予防になるのではないか?」という類推が生まれます。

スタチンの大腸癌予防効果・・・・矛盾する報告が多く混沌としている

スタチンが大腸癌を予防するという報告は古くから複数あります(2005年NEJM2016年  2019年 )。

特にスタチン使用で「炎症性腸疾患患者に発生する大腸癌(colitic Cancer)が著明に予防される」と2016年に報告されました(しかし2019年の報告2020年の報告では効果が否定されました)

2019年、韓国から「3万人の患者を13年、追跡した研究」では「高コレステロール血症の患者では高量スタチン使用は大腸癌リスクを低下させる」と結論されました。
しかし2022年米国から「15万人を24年間追跡した研究(Nurses' Health Study and Health Professionals Follow-Up Study:米国の大規模な臨床研究)」では「スタチンは大腸癌のリスクを低下させない。逆に増加させる可能性がある」と結論されました

「人間の観察研究」というのは解釈が難しいです。そもそもスタチンを服用している方は肥満の方が多いですから「スタチン服用者は大腸癌リスクが高い」というのは当然の結果とも言えます。科学的に白黒をはっきりさせるには偽薬を使った比較試験が必要なのですが、「コレステロールの高い方にスタチンの偽薬を飲ませる」というのは倫理的に難しいです。


このような問題の突破口になるのが「遺伝子を改変して人と同じ大腸癌を発症するように人工的に作られたマウス」です。このマウスを使えば食事で高コレステロール血症にしてスタチンの効果を偽薬と(厳密に同じ条件で)比較できます。

最近、このような研究が2編ありました(2023年2021年)。いずれも大腸発癌において脂質代謝異常が重要な役割を演じていること、スタチンがこれを予防する効果がある、と結論しています
興味深いことに2023年の報告ではスタチンは過形成ポリープ(SSL,SSAP)には有効だが腺腫には無効、と結論しています。人の報告で明快な結果が出なかった理由は、ここにあるのかもしれません(頻度でいうと過形成ポリープ由来の癌は少数だからです。但し、悪性度の高い癌は過形成ポリープ由来です。)



血圧を下げる薬で大腸癌を予防できるか?
さてメタボリックシンドローム(動脈硬化)の予防では、上記の図以外にもう一つ、重要なものがあります。「高血圧(交感神経の過剰)」です。統一理論的考えから「降圧剤で大腸癌が予防できるのでは?」という類推が生まれます。この問題はストレス(=交感神経過剰=高血圧)が癌の原因になるか?という課題で最近、研究が進んでいる分野です(⇒2021年記事)。実際にβブロッカー(交感神経を抑える降圧剤)が癌予防になるという報告も散見されます(ただし、まだまだ少数です 3,)


癌の本態は細胞の異常な増殖です。動脈硬化の本態も血管平滑筋の異常な増殖です。そして心不全の本態である心筋肥大にも癌遺伝子が関与しています。心臓・血管の研究と癌の研究は常に相互リンクしていました。動脈硬化と癌の研究が統一されれば物理学の統一理論のような壮大な話になるでしょう