腸内細菌研究の最前線 2024年


最近のトピックス①
新しい善玉菌


やや飽食気味の話題ですが・・
2020年の記事では「強力な酪酸菌:ホルデマネラ菌」を、2022年記事では「史上最高の善玉菌」の異名を持つアッカーマンシア菌を紹介しました
Nature誌が「2023年の重要な研究」で新しく以下の二つの菌を紹介しました

(1)ルミノコッカス・ブロミリ菌Nat. Med. 29, 1273–1286 (2023)
難溶性繊維(=セルロース)を分解できる唯一菌で、この菌が多いと肥満になりやすいことから「悪玉」と思われていたのですが・・、この菌が多いほど大腸癌の予後が良好なことが分りました

(2)カルノバクター菌 (.Cancer Cell 41, 1450–1465.e8 (2023)
ビタミンD産生を増やし大腸癌を予防する効果があることが分かりました。但し効果は女性に限定されます

このような「乳酸菌に代わるNew善玉菌の探求」が盛んな背景には「乳酸(乳酸菌)が癌を促進する」という最近の報告があると思われます(⇒2021年記事)。乳酸菌は開発途上国の多くの低栄養児の命を救っているのですが、先進国の栄養過剰の成人にも有益か?は議論になるところでプロバイオティクスのメーカーにとっては当に「死活問題」だからです。




最近のトピックス②
腸内細菌で重要なのは「小腸」。大腸ではない!


善玉菌は「免疫を改善」することで効果を発揮します。腸は人体最大の免疫組織であり、我々の免疫システムは腸で訓練を受け一人前になります。ただし、ここで言う腸とは「小腸のことであり、大腸ではありません

小腸にはパイエル版という免疫組織が豊富です(人体最大の免疫組織)。しかし大腸にはほとんどありません(虫垂に僅かにあるのみ)。大腸内の腸内細菌は免疫には全く関与しておらず、これを調べたり改変しても有益なことは、ほとんどありません。

糞便移植で腸内細菌を変えると皮膚の癌が消えるという最近の驚くべき報告(⇒2021年記事)も「小腸の腸内細菌」を変えることで効果が出たものです。更には「大腸癌でさえ重要なのは、大腸ではなく小腸の腸内細菌である」という報告が2020年のNatureにありました

簡単な方法で便の中の菌を調べても、「大腸内の細菌」を見ることになるので、その解釈には疑義が多く、小腸内細菌を調べる方法の開発が望まれていました。

そして、2023年 のNatureに「特殊なカプセルを服用⇒小腸でのみ採取部が開口して便を採取」というデバイスが報告されました。今後は、このようなデバイスを用いた「小腸の腸内細菌の検査」が普及するでしょう



最近のトピックス③
悪玉菌は細胞内に侵入して細胞を癌化させる


私が学生の頃は「細菌は細胞で悪さをする(発癌性は無い)。ウイルスは細胞内(核内)に侵入し発癌性を持つ」というのが常識でした。しかし、最近「パラダイムシフト」が起きました。多くの細菌が細胞内に侵入・寄生し、細胞の代謝を変えDNAに作用し発癌性を持つという事実が分かったのです(⇒Science誌 2020年Review 2023年最新Review)。
「発癌性細菌」という概念は2011年に「大腸・COM」でも紹介しましたが、ここまで大きな話題になるとは思いませんでした・・。これは治療戦略で重要な意味を持ちます。細胞内は抗生物質も免疫の攻撃も届きにくい(ワクチンも効果が低い)からです。

大腸癌ではフソバクテリウム 、ポルフィロモナス・ジンジバリス 、プレボテラ・インターメディアの3つの細菌が高頻度で見つかり、大腸癌を促進すると考えられています。いずれも歯周病菌なのですが、いずれも細胞膜を通過し細胞内に侵入して発癌性を発揮すると考えられています。


最近のトピックス④
遺伝子改変した腸内細菌の治療への応用


遺伝子改変菌を使い、「腸を生化学工場に変える」という研究があります。まず2018年にフェニルケトン尿症(先天性の代謝異常でフェニルアラニンが高値になる)を「フェニルアラニンを分解する遺伝子改変大腸菌」で治療するという報告があり、更に遺伝子改変した「アンモニアを分解する大腸菌(Nissle菌)」で高アンモニア症を治療するという報告が2019年にありました。
そいて癌治療への応用へ応用が進みます。一般に嫌気性菌は腫瘍(塊なので内部は酸素が少ない)の内部に偏在する傾向があり、この特性を利用して「殺腫瘍細菌」が研究されました。2016年には「弱毒化したネズミチフス菌」「Clostridium novyi.菌」による癌の治療が報告されています。そして上記のNissle菌を癌治療に使おうという報告も出てきました(2019 年Review)。2023年にはIL2(抗腫瘍性サイトカイン)を産生するNissle菌が開発。同じく2023年、抗体(nanobodies)を分泌する大腸菌が開発。2023年にはScience誌が遺伝子改変細菌による癌治療戦略をレビューしました。2024年のNatureでは人の臨床試験が報告されました。大腸癌の患者さんにNissle菌を経口投与し菌が大腸癌内部で特異的に増殖することが報告されました。


最近のトピックス⑤
腸内細菌が自閉症の原因であることは確実のよう


「腸内細菌が自閉症の原因かもしれない」という仮説が報告されたのは、随分以前の話で、当初専門家の多くは懐疑的でした。しかし、最近はこの仮説がどうやら真実のようだという考えが多数派です。2020年のCellでは自閉症の患者の便をマウスに移植してマウスに自閉症を発症させることに成功しています。2019年には糞便移植による自閉症の改善も報告されています。腸内細菌の造る化合物が吸収されて脳神経に影響するのだろうと予測されています(2023年文献)。便秘の時にイライラするのも似た現象なのでしょう。

最近のトピックス⑥
腸内細菌と神経変性疾患の研究が進む
一見、上記⑤と似ていますが全く違う話です。今月の別記事でも紹介していますがアルツハイマー病やパーキンソン病がプリオン病という説が有力です。プリオン病はもともと「脳の共食い」で発生すること、最初に消化管にプリオンタンパクが蓄積することから、消化管が重要な役割を持ち「腸の病気が脳に伝搬したもの」というモデルも提唱されています。当然の話として研究者は腸内細菌が神経変性疾患の発病に深く関わっていると予想しており、糞便移植の治療効果も調べられています(⇒2024年Nature Review)。

最近のトピックス⑦
善玉菌がアルツファイマー病を促進する?


善玉菌の効果の多くは「植物繊維を分解してできる短鎖脂肪酸(SCFA=乳酸、酪酸など)」の効果と考えられています。例えば2023年にNatureに報告された「善玉菌の純粋大量培養システムの開発」は「短鎖脂肪酸の産生を維持したままの培養法」にこだわっています。ところが・・・・最近、この短鎖脂肪酸がアルツファイマーを促進するという困惑する報告が2023年のScienceに報告されました。実は2021年にも同様の報告があり上記の2024年Nature Reviewでも明言を避けていますが「短鎖脂肪酸はアルツハイマー病を促進する」という立場のようです。

「乳酸菌は開発途上国の低栄養児には有益だが、癌を促進する可能性がある」と①で紹介しましたが、更にアルツハイマー病促進の可能性も出てきたわけです。過剰な善玉菌の摂取は有害かもしれません。やはり孔子は正しかった?(過ぎたるは猶及ばざるが如し)


最近のトピックス⑧
腸内細菌叢は堅牢な城壁である


2022年のCellの報告は無菌マウスに人工的に腸内細菌層を構築するという研究です。100種類ほどの菌があれば、ほぼ自然に近い細菌叢が構築されました。一度、細菌叢が構築されると、この100の菌は相互に協力し合い「他者の侵入を許さない強力な城壁(非常に安定したフローラ)」を構築します。この研究はヨーグルトの摂取や簡易的な糞便移植をしても「いったん、構築された安定した腸内細菌叢を人工的に改変する」ことは予想以上に難しいということを意味します(事前に大量の抗生物質で腸内フローラをゼロにする必要がある訳です)。クロストリジウム感染症や潰瘍性大腸炎で糞便移植が効果的なのは、患者さんの腸内が「病的な状態=安定したフローラではない」からという報告が2022年Natureにありました。