日本と欧米で低リスク・ポリープの取り扱い方針が大きく異なる
低リスクポリープには「過形成ポリープ」と、「微小腺腫」の2タイプがあります。私が研修医だった平成初期、学会のセミナーでは「これらの病変は放置せよ。切除は禁止」と何度も指導されました。同じ頃、分子生物学で日本より先行する米国では「これらの病変を完全にゼロにして大腸癌を予防する」という考えが出始めていました。
現在の、これらの病変に対する欧米のガイドラインは共に「大きさに関わらず全て切除」ですが、日本のガイドラインは「過形成は10ミリ以下は放置、腺腫も5ミリ以下は放置」です。
過形成ポリープ(鋸歯状病変)の取り扱い
このポリープは欧米では、1990年代より前癌病変として注目されていましたが、日本では、「癌化しない」と信じられ放置されて来ました。理由は欧米が分子生物学を重視したのに対して日本の専門家は「臨床経験を過信し分子生物学者の主張に耳を傾けなかった」からです。
「大腸内視鏡を定期的に受けた人にも大腸癌が発症する」という事実が問題視され「急速癌(Interval Cancer)」の遺伝子解析が行われました。
そして・・・・「急速癌」は実は過形成ポリープ由来であったという衝撃的な事実が明らかになりました。
このタイプは、早期に転移し通常よりも悪性度が高い(CMS1、CMS4)ということも明らかになりました。これらは全て欧米の研究です。
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Silent Killer=深部結腸・過形成ポリープ(Proximal Hyper)
日付から判るように、この8名の方は同日に検査された方です。8名とも「多発性」でした
見落としやすい病変であり、見つかっても日本では危険性が認識されていないため、放置される場合が多いです。
「全て切除すべき」が当院の方針です。 |
過形成ポリープはいつ癌化するか?・・・・予測は困難 微小な過形成ポリープは、いわば「大腸のホクロ」のような物で、我々のほぼ全員が腸内に数個できています。
このポリープは何年もの間、冬眠状態を続けます。腫瘍なのに大きさが全く変化しないのです(Telomere Attrition senescence-like cell
cycle arrest)。しかし、何かのはずみでスイッチ(Critical Event = p16INK inactivation, MLH1 silencing)が入ると加速度的に変異を蓄積して爆発的に分裂し悪性化します。
つまり「不発弾のような物」なのですが大部分は爆発しないまま一生を終えます。
しかし爆発すると早い段階で転移する(CMS4)ため根治が難しくなります。実は「良性の段階」から転移の遺伝子(EMT、MMP)がONになっていることも解明されており「癌化してから手術で根治しよう」という作戦ではうまくいかない訳です。
微小腺腫を放置することの危険性
日本のガイドラインは「5ミリ以下の腺腫は経過観察とする。癌化を疑わせる危険な兆候を確認した場合のみ切除する」です。
一方、2012年の米国のガイドライン、2013年の欧州のガイドラインは、いずれも「見える腺腫は全て完全に切除して、次の検査は3〜10年後にする。腺腫を放置して経過観察はしない」と明言しました。
「微小腺腫放置の危険性」はいかほどか?最新の分子生物学が答えを出します
腺腫とは何か?
幹細胞とは「未分化で、老化することなく永遠に細胞分裂を続ける細胞」です。我々の生殖細胞は数百万年続く「究極の幹細胞」でありスキルス胃癌などの悪性度の高い未分化癌も幹細胞です。
腺腫は「APC/WNT系の異常」で発生します。そしてWNTというのは「腸管細胞を幹細胞化」させる遺伝子です。つまり、分化した腸管細胞が遺伝子異常で幹細胞化したのが腺腫なのです。2015年にlgr5という幹細胞マーカーで調べることで「腺腫の大部分が幹細胞から成る」ことが確認されました(文献)。
またAPCは染色体の安定性に関係しており、これが異常になると遺伝子変異の蓄積(ゲノムの不安定化)が起きます。容易に発癌遺伝子がONになる訳です。
指数関数的に細胞分裂する幹細胞が1個でも我々の体内に発生すればどうなるか?
答えは有名な分子生物学の教科書に掲載されている下の図です。
10cmの半分は5cmではなく5ミリ!(細胞の世界は指数関数だから)
細胞1個をスタートとし固体の死をゴールにするなら5ミリはもう「中間地点」を過ぎている訳です。 |
現実的には周囲の結合組織などが細胞増殖の障害になり、5ミリの腺腫が直ちに致命的になるという事態は滅多に起きません(もし腺腫が血液細胞なら上のグラフのようになります)。しかし細胞生物学的には5ミリの腺腫は十分に致死的になるポテンシャルを持っていると言う事です。 |
では、実際に人間で微小な腺腫を切除せず長期的な観察をすればどうなるか?
通常は患者さんがモルモットになることを拒否するためそのような研究は困難です。
しかし・・・そのような「人体実験」に近い報告がドイツから2012年にあり注目されました。155名の高齢者に大腸内視鏡を行い「5ミリ以下の腺腫を認めたが患者は高齢であり、切除は不要」と判断し放置して・・・・・その後、患者さんは、予測よりも長生きして・・・・以前、腺腫を放置した場所に大腸癌が見つかったという報告でした。
以上を考えれば
「小さなポリープは放置しても大丈夫です。定期的に、内視鏡を受けて癌の早期発見に努めましょう」という戦略には限界があることが判ります
内視鏡で見えるというだけで細胞生物学的には十分に大きいのであり、「高齢者であろうと、一旦、見えたポリープを放置することは人道的問題を含む」と言えます。。
The recommendations(guidelines) assume that all visible polyps were completely
removed(2012年 米国ガイドライン)
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