当院の現在の「プリオン」対策の理論的根拠
現時点で内視鏡がプリオンで汚染された場合、有効な消毒はありません。
もちろん、これは内視鏡にかかわらず外科、産婦人科、歯科、耳鼻科など「体内に機械を入れるあらゆる医療」に共通の問題です。
唯一の有効な対策は危険性のある方の医療行為を(患者さんの権利を損なわない方法で)一般の方と分離することです。
しかし、血液検査などで、危険性のある方が判ればいいのですが、現時点では不可能です
プリオン病の問題を考える時、次の二つの病気を分けて考える必要があります
感染ルート 消化管組織での
プリオンタンパクの有無内視鏡で感染
する可能性日本での
患者さんの数変異型
ヤコブ病狂牛病(BSE)の
牛肉を食べること有り 有り 現時点で1人
古典的
ヤコブ病遺伝性。自然発生。
脳外科手術。
人肉食の慣習・・・・・など無い(?) 無い(?) 100人/年間
以上(??)内視鏡で問題になると考えられているのは「変異型」の方とされています。マスコミが取り上げるのもこちらです。しかし、「変異型」は事実上「イギリスの地方病」と断言して問題はありません。患者さんも国内では1人しか発生していません(イギリス滞在中に感染したと考えられています)。一方「古典型」は内視鏡での感染は無いと科学者は予測していますが、患者さんの数が多いという意味では重大です
変異型ヤコブ病への対策(当院の考え)
1970年代後半英国において肉骨粉飼料が開発されたことにより、狂牛病(BSE)が流行。英国では牛の脳をミンチに混ぜることが禁止されていなかっため、狂牛病が人へ感染したのが変異型 ヤコブ病(vCJD)です。患者さんは事実上、英国に集中しています。(英国が150名。他の欧州諸国は1〜5名)
現在、日本赤十字社は厚生省の指針に従いイギリスを含めて全欧州滞在者の献血を制限しています。(制限基準は日赤のHPをご覧ください)
英国より帰国された方が内視鏡を希望した場合の当院の考えは次のようなものです
- 検診は内視鏡ではなくレントゲン検査(バリウム検査、CT検査)を,勧めます
- レントゲン検査で病変が見つかり内視鏡が必要になった場合は(1)Endosheathの輸入を待つか(2)公的機関が「危険性のある方専用の内視鏡検査室」を用意するべきと考えます。(2)のような制度ができて要請があれば私は検査のために出張に行くつもりです。(当然の社会的責任と考えています)
検査の制限はイギリス滞在者のみで必要にして十分と考えます
他の欧州諸国については(1)日本も既に1例患者が発生しており(2005年2月)、また日本でも一部で肉骨粉飼料が使われておりBSEも何頭か確認された。このことより日本人の平均的リスクは他の欧州諸国と同じレベルであり分離する意義は無い(2)内視鏡での感染のリスクは低く輸血ほど厳しくする必要は無い・・・・と考えるからです(今後の患者さんの数を見て制限を拡大する可能性はあります。)英国帰国者への制限はいつまでか?
下図がイギリスの変異型 ヤコブ病(vCJD)発生数です。狂牛病対策が成功し患者さんは「頭打ちとなり、やや減少へ」と向かっています。理論的にイギリスでの患者さんの発生が無くなれば(数年以内?)、制限をおこなう意味は無くなります。
参考資料 2008年には「発生ゼロ」になると予測されましたが、以前くすぶっています。BSEの牛は全て、処分したはずなのに謎です。可能性として「牛から人へ」ではなく、「人から人への医療行為を介する感染」の可能性を指摘する専門家もいます・・・・
古典的ヤコブ病への対策(当院の考え)
専門家は古典的ヤコブ病で危険なのは「脳組織のみ」であり、消化器内視鏡で感染する「可能性は無いと思われる」と予測しています
・・・・しかし、私は以下のような問題点があると考えます
- 日本で2005年2月に判明した1例目の「変異型」の患者さんは生前「古典的ヤコブ病」と診断されたまま、近くの総合病院(名称は非公開ですが、おそらく高度医療機関でしょう)で診療を受けていた。この間、内視鏡検査も受けていた。死後の解剖で初めて「変異型」と診断が変わった。このように診断が難しい
- 本当に古典的ヤコブ病で脳以外の組織に感染性がないかどうかは、人体実験をやらないとわからない。動物への接種実験には限界がある
- (持論です)もし、消化管内視鏡処置でプリオンタンパクが伝播したら・・・「食事によるプリオンタンパク伝播」と共通部分が多く変異型に近い病態になる可能性がある。
以上のことより「古典的」であれ、プリオン病のリスクを持っている方は全て、内視鏡検査は、神経科の高度診療の可能な病院にお願いするのが最善と考えます。そこで神経科専門医が診察して「伝染の可能性」を評価して適切な方法で内視鏡検査をおこなうべきと考えます (内視鏡を1本、専用にすることなどが欧州では薦められています)
リスクをもつ方は「観察するだけにして、たとえ病気が見つかっても細胞検査などはおこなわない」という選択肢もあります。しかし、これは、かえって患者さんの権利を損なうと考えます。細胞検査のできない内視鏡はレントゲン検査と同じで意義が無いからです。
プリオン病のリスクを持っている方とは次のような方です
- 痴呆が数ヶ月の単位で急速に進行している方。特にふらつき、めまい、ろれつが回らない、筋肉の異常収縮、無動性無言の見られる方。
- 血縁者にCJD及び類縁疾患(クロイツフェルト・ヤコブ病やゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー病、家族性致死性不眠症)と診断された人のいる方
- 人由来成長ホルモンの注射、角膜移植、硬膜移植を伴う脳外科手術を受けたことがある方
- 原因不明の進行性の痴呆、アルツファイマー痴呆の方
一般の「脳血管障害(脳卒中)による痴呆、老化による記銘力低下」は感染の可能性は全く無く、当院での検査も全く問題ありません。
原因不明の進行性痴呆が感染する可能性はあるか?
「原因不明の病気」の研究で「感染説」は必ずあります。消化器でしたら潰瘍性大腸炎が細菌感染という説、クローン病が抗酸菌感染という説があります。最近の大きな話題では、動脈硬化のクラミジア感染説があります。
原因不明の進行性の痴呆の感染説も、そういう意味では「医学では、よくある仮説」と言えます。決定的に違うのは・・・・他の細菌は消毒で確実に殺菌されますので問題にはならないが、痴呆の場合は「消毒不可能のプリオン説」がくすぶっているという点です。
現時点では「原因不明の進行性痴呆の感染性は無い」と言われています。しかし専門家はその可能性を疑い研究をしています。私はこの分野は、専門外ですので文献を紹介します
- Prion disease and disease: pathogenic overlap
- Prion protein codon 129 polymorphism and risk of disease
- Do infectious agents play a role in dementia? Trends Microbiol. 2003 Jul;11(7):312-7.
- Senile dementia of the type: possibility of infectious etiology in genetically susceptible individuals.
- Evidence for and against the transmissibility of disease
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