遂に成功した癌遺伝子ワクチン

<文献>Lymph-node-targeted, mKRAS-specific amphiphile vaccine in pancreatic and colorectal cancer: the phase 1 AMPLIFY-201 trial


初めに

大腸癌は癌遺伝子RASの変異で発生します。



このRASをワクチンにする臨床試験が初めて成功しました。免疫学の複雑な話は避けてエッセンスを紹介します

現在開発されている癌ワクチンは癌特異的ではない

現在の「癌ワクチン」は細胞表面に発現している「胎児タンパク」などを標的にしています(腫瘍胎児抗原⇒2022年記事)。発現量が多いため有効なワクチンが開発しやすいです。しかし「癌特異的」ではないために「正常組織(特に生殖組織)への免疫攻撃(自己免疫)」も起こします。

変異した癌遺伝子へのワクチンなら100%癌特異的である
「変異RAS]を使ったワクチンなら正常組織への免疫攻撃は起きません。正常細胞は「変異していないRAS」を持っていますが「変異したRAS」を持っていないからです

RASの変異した大腸癌なら100%の細胞がRASワクチンで免疫攻撃を受ける
変異したRASは「癌化のドライバー(癌化に必須)」ですから癌組織内では100%の癌細胞が変異RASを所有しており「攻撃からのEscape」が起きません。


良いことづくめの「癌遺伝子ワクチン」はナゼ、今まで、無かった?
⇒癌遺伝子は細胞のタンパクだからです(僅かに細胞表面に提示されます)。また「正常RASと変異RASの違い」は僅かです。この結果、抗原としては「極微量」」でありワクチン開発が難航しました


解りやすい例がHPVワクチンです

現在、臨床応用されているワクチンは「ウイルスの表面タンパク」へのワクチンです
これに対して「細胞内部タンパクへのワクチン(E6,E7ワクチン)は癌治療ワクチンになるのですが開発が難航しています

RASの変異した部分だけを使うペプチドワクチン
インフルエンザワクチンは「ウイルス全体(不活化ワクチン)」です。新型コロナのワクチンは「S-proteinのタンパク質全体」です。これに対してペプチド・ワクチンは特異性が高いのですが抗原になる部分(エピトープ)が少ない訳です



細胞は「内部の異常なタンパク質」を細胞表面に提示して免疫系に「私の内部にウイルスが侵入しているようです。感染を防ぐために私を殺してください」というシグナルを送る


(専門的)内部タンパクを表面に提示する現象は「クラス1提示」といいます。さらに「抗体産生」のために「クラスU提示」されることを「交差提示」と呼ばれ、これは免疫学最大の「謎」の現象です

細胞は内部の「変異した癌遺伝子タンパク」を「ウイルスと勘違い」して「私を殺してください」というシグナルを免疫系に送ります(Virus mimicry)。これを利用すれば「細胞内部タンパクへのワクチン」もできる訳ですが発現量が少ないです


今回の記事のエッセンスは
「最新のワクチン技術を駆使して、今まで開発が難航した細胞内部タンパク(変異RAS)のペプチド・ワクチン開発が成功。臨床試験で「副作用は無い」「確かに免疫応答が起きた」「腫瘍縮小の兆候を得た」という内容です



さて・・・RASワクチンには実はもっと重要な意味があります

「腫瘍胎児抗原」は、完成した癌、それも悪性度の高い未分化な癌にしか発現しません

対してRASは癌化の初期=良性ポリープの段階で異常になります

つまり「RASワクチンはポリープの予防」にも有効であるということです

最大の課題は副作用(正常組織への自己免疫現象)ですが、将来はワクチンでポリープを予防する時代が来るでしょう