大腸癌検診とバイオマーカー
以前の記事でバイオマーカー検査の否定的な面を書きましたが、今回は2020年Nature Reviewを基に肯定的な面を書きます。大腸癌・ポリープの診断に有効と報告されているバイオマーカーをまとめると以下のようになります。青字の数字は「マイクロRNA」で、例えば21はmicroRNA21の意味です。黒字はDNA(cf-DNA又はct-DNA)です。基本的に新型コロナウイルスで有名になったPCR検査で行われます。
良性のポリープ
の発見にも有効癌の早期
発見に有効癌の治療効果
予測に有効生命予後の
予測に有効癌の治療にも
応用されている便で調べる 21,92a,135b
ITG4,SFRP2,Cologuard21,92a,223
SFRP2,VIM,TFPI血液で調べる 21,92a,29a
SEPT9,SFPR221,92a,221
SDC2,SEPT9,H3K27me155,106 HPP1,HLTF 143 正常な腸の粘膜で調べる 137 (潰瘍性大腸炎の場合に有効) 腫瘍細胞で調べる 106,19a
MGMT,TFAP2A31,224
CDKN2A,CHFR,IGF2,
H3K27me2,H3K56ac,H4K16ac143 転移組織で調べる 34a
H3K4me2,H3K27me234a
さて・・・新しいバイオマーカー検査は従来の腫瘍マーカーと、いくつかの重要な違いがあります。ここを解説します。
AI(人工知能)診断が主流
大腸癌の腫瘍マーカーと言うとCEAやCA19-9が有名で、現在の検診の主流です。上の表を見て「多い・・」と感じた方も多いでしょう。通常は「複数のマーカーを組み合わせて」調べますから検査方法(組み合わせ)は膨大なレパートリーになります。実は医師は(おそらく専門の研究者でさえ)、「数が多すぎて人間の能力を超えている」と感じており「結果の解釈」はAI(と言っても初歩的ななアルゴリズムですが)が行います。
とは言え、やはり「他よりも重要なマーカー」と言えるものは有り、大腸癌では、セプチン9(SEPT9)、マイクロRNA21の2つが特に重視されます
多臓器同時診断が主流
上の表は大腸癌に有効なマーカーですが、通常はもっと多くのマーカーを同時に調べて複数の癌を一度にスクリーニングする方法の開発が目指されています。
但し上の表にある「便で調べる」「正常な腸の粘膜で調べる」検査は大腸癌だけの特徴です。
そもそもマイクロRNAとは何か?
一言で言うなら「生命現象のブレーキ」です。食後に血糖値が上がれば血糖値を下げるインスリンが分泌されるように、あらゆる生命現象には「負のフィードバック」があり恒常性が維持されます。多くの場合はタンパク質がブレーキになります。しかし原始的な生命体はRNAを直接、ブレーキにします。RNA干渉と呼ばれる現象で我々の細胞にも、この太古(RNAワールド)の名残が今も残っています。それがマイクロRNAです。
RNAとDNAのどちらが診断に有効か?
上の表で「マイクロRNA-21」「マイクロRNA-92a」が頻繁に出てきますが、この両者は共にPTENという遺伝子への「ブレーキ役」となる物です。PTENは先月の記事でも紹介した米国TCGAプロジェクト(大腸癌ゲノム解読)でも見つかった「大腸癌発生のカギとなる癌抑制遺伝子」です。このような重要な変異を「ドライバー変異」と言います。
それならば「マイクロRNA-21や92aを調べるよりもドライバー変異(PTEN遺伝子)を直接に調べた方が正確なはず」です。しかし血液や便でPTENを直接、調べることは技術的に困難(不可能)です。それで血中(または尿、便など)に流出するマイクロRNAが有用になります。しかし内視鏡で腫瘍サンプルが入手できれば、通常はマイクロRNA(言わば間接的情報)よりもゲノム解析(DNA)の方が直接的情報であり、はるかに有益です。
診断が治療にも応用されるマイクロRNA143と34
これは腫瘍マーカー検査やDNA(ドライバー変異)検査と、大きく異なるマイクロRNAの重要な特長です。
大腸癌で代表的な「ドライバー変異」はAPC遺伝子の破壊です。しかしDNA検査でAPC遺伝子が破壊されていることが解っても治療には直結しません。APCを補充することはできないからです
しかし、マイクロRNAは、RNA干渉と言う現象を見ており「検査結果が治療に直結」します。低下しているマイクロRNAを人為的に補充できるからです