このページはクリーンコロンに反対する医師向けの物です。患者さんは何となく概念を理解されれば十分です
ポリープの切除により大腸癌は予防できるか?できないのか? it's the question
まず、言葉の定義を決めます。混乱を避けるために肉眼型に関係なく(平坦型を含む)全ての「内視鏡で根治可能な大腸の前癌病変」をここではポリープと呼びます。これが最も合理的です。
かって日本には「ポリープと関係なく正常粘膜から発生するDe novo 癌がある」という仮説がありましたが、今日、この仮説は完全に否定されています。現時点で約300名の大腸癌の「全遺伝子解析」が報告されています。そして大腸の癌化には少なくとも24以上のステップが必要である(多段階発癌)というのが定説になりつつあります。数個の僅かの遺伝子変異で癌化した大腸癌(=De novo 癌)は、まだ見つかっていません(下記資料)。未分化癌や特殊な癌は、おそらく、その定義を満たすのでしょうが頻度は300分の1以下であり、決して「メイン・ルート」ではありません。
従って「大腸癌は平坦型を含めて全てのポリープを切除すれば予防可能」ということになります。
しかし、これは分子生物学の机上の理論で、実際の臨床では
「小さなポリープを何年も放置したが大きさが不変だった(切除する必要は無い)」
「昨年、ポリープが無かった場所に、いきなり癌ができた(ポリープ切除で予防は無理)」
という報告が多数あります。
「何故?このような現象が起こるのか?全てのポリープを切除する必要があるのか?あるとしても現実的に可能か?」
日本は、この問題で「迷走」しました。
この謎を考える上で、最近研究が盛んな「過形成ポリープの分子生物学」が重要なヒントになります
過形成ポリープは、いわば「大腸のホクロ」のような物で、我々のほぼ全員が腸内に数個できています。
このポリープは何年もの間、冬眠状態を続けます。腫瘍なのに大きさが全く変化しないのです(Telomere Attrition senescence-like cell cycle arrest)。しかし、何かのはずみでスイッチ(p16INK inactivation)が入ると加速度的に増大し悪性化します。
つまり「不発弾のような物」なのですが大部分は爆発しないまま一生を終えます。
しかし爆発すると早い段階で転移するため根治が難しくなります。実は「良性の段階」から転移の遺伝子(EMT、MMP)がONになっていることも解明されており「癌化してから手術で根治しよう」という作戦ではうまくいかない訳です。
以上を考えれば
「小さなポリープは放置しても大丈夫です。毎年、内視鏡を受けて癌の早期発見に努めましょう」という戦略には限界があることが判ります
「ポリープを放置するのは不発弾を放置する」のと同じであり「不発弾を発見したら速やかに除去すべきである」が正解です。
問題は過形成ポリープは直腸に発生した場合は容易に発見できるのですが、深部結腸に発生した場合は腺腫のように赤みも無く、見つけるのが難しく見落としが非常に多いという現実です。
「深部結腸の過形成ポリープ」を全て見つけて、切除すべきという要求は「皮膚科医は悪性黒色腫を予防するために全身のホクロを除去すべきである」という話に近くなります。
しかし、100%は無理でも深部結腸の過形成ポリープを1個でも多く、切除すれば、その後の癌の発生が,低下するはずです。
更に言うなら「内視鏡で見える大きさ=5ミリ」は、既に「死へのステップの中間地点」です。内視鏡で見えるというだけで細胞生物学的には十分に大きいのであり、これを放置することは犯罪的であるとさえ言えます。
これが分子生物学の結論です
<資料>
大腸癌の全DNA解析計画
大腸癌の全遺伝子解読競争は2006年に「11人の患者のc-DNA(タンパク質をコードする部分のDNA)を解読した」という報告で始まりました。その結果、一人の癌に平均、90の遺伝子変異が見つかりました。「予想以上に遺伝子の変異が多く、研究は難航する」と悲観されましたが、その後「癌化に本質的に重要なのは90の内、10〜20個らしい」という結論になりました
ついで2011年、c-DNAではなく「9人の患者の全ゲノム(c-DNAの約50倍)」を解読したという報告がありました。この報告は、前回の報告以上に研究者を「悲観」させました。一人の癌に、平均75箇所もの「染色体の組み換え」が見つかったのです。
そして2012年、大腸癌の全遺伝子解読競争の最終報告がありました。276人の全ゲノムが、エピゲノム,m-RNA、micro-RNA まで含めて精密に解読されました。
その結果、「極めて遺伝子変異の多いHyper-mutated type」と変異が少ない「 non-Hyper-mutated type」の二つのグループがあることが判りました。
変異の少ないタイプでも24種類の遺伝子が変異していることが判り、この24個が「大腸の癌化に必要な癌遺伝子」として同定されました。
小さなポリープは(腺腫も過形成ポリープも)、この24の癌遺伝子の内の1個が変異していることも判りました。
そして、ポリープが大きくなるにつれて変異が2個、3個、4個・・・・と蓄積されていくことも判明しました〔文献)。
この過程は子供が成長し大人になるのと似ています