治療用HPVワクチンの展望


免疫の基本(The Cell 24章より)
クラスT提示   MHCクラスTと共に
CD8・T細胞に提示され
細胞性免疫を起こす
ルート
A
 感染ウイルスが細胞質内で可溶性タンパク
(膜タンパク以外)を作った場合はクラスT提示される
ルート
B
 自己の変性したタンパク質もクラスT提示される
クラスU提示    MHCクラスUと共に
CD4・T細胞に提示され
液性免疫を起こす
ルート
C
 外来抗原をEndocytosisした場合はクラスU提示される
ルート
D
 感染ウイルスが粗面小胞体で膜タンパク(Envelope)
を作った場合はクラスU提示される
 交差提示  樹状細胞のみ行う
細胞性免疫を起こす
 ルート
E
 外来抗原をEndocytosisしてCD8・T細胞にクラスT提示する
交差提示はウイルス潜伏感染細胞や癌細胞を排除する際に中心となる経路だが詳細な機序は不明で、「免疫学最後のミステリー」と呼ばれる。エンドソーム内の抗原が、どうやって細胞質内へ「漏出」するのかが最大の謎とされる(文献

HPVワクチンの構造
(ガーダシルなどの現行の予防ワクチン)
L1タンパクを合成する⇒精製されたL1は自己集合してウイルス様の空の粒子を作る⇒これをワクチンとして投与する。アジュバンドは不要(L1自体が強力なPAMPになる)。

L1タンパクはEndocytosisで、取り込まれクラスU提示⇒液性免疫(中和抗体)を誘導する(上表のルートC)。通常は細胞性免疫は誘導しない。が、ウイルスを中和するので感染防止になる。

しかし樹状細胞がワクチンを取り込むと「交差提示」が起こるので、一部、細胞性免疫も誘導される(上表のルートE)

しかし・・・L1への細胞性免疫は、感染細胞の排除には役立たない
何故なら・・・腫瘍化した細胞(=持続潜伏感染)は、そもそもL1を発現しないからである





しかし、臨床の報告では予防ワクチン(L1ワクチン)でも「子宮頸部Hige Grade CINに対して治療効果がある。」という報告がある。これは(1)ウイルスを抗体で中和するので再感染を防ぐから(2)持続潜伏感染でも少量のL1を発現しており、交差提示で生まれたCTLが、これを攻撃している、という二つの可能性がある。

しかし、本格的な治療用ワクチン=腫瘍化した細胞(=持続潜伏感染)を殺すCTL細胞やキラー細胞を十分に誘導するには「E6,E7を上表のルートAかルートEで投与する」必要がある。

E6,E7を上表のルートAで投与する試み
E6,E7を細胞が内部で転写・翻訳する(ルートA)必要が有る。但し樹状細胞内で発現させなければならない。一般細胞が外来抗原を発現しクラス1提示してもナイーブCD8T細胞を感作することはできない。これは以前の論争だったが決着が付いている(文献)。ナイーブCD8T細胞を感作できるのは樹状細胞のみである。
細菌ベクター(細胞内侵入菌)、ウイルスベクター、DNAワクチン、RNAワクチンなどが研究中(文献)。驚くべきことに弱毒化したリステリア菌(生菌である)をベクターに使う試みが、現在、インドで進行中(文献)だが先進国では絶対に認可されないだろう。E6,E7を持った生菌=人が創造した「発癌性細菌」である。SARS-Cov-2のワクチンでは「アデノウイルスベクター、DNAワクチン、RNAワクチンは開発が短時間で済むので、直ぐに市場に出るが、長期的には効果が低い(緊急避難的ワクチン)」ことが証明されたので、このような新世代ワクチンがHPVに応用されることは無いと思われる

E6,E7を上表のルートEで投与する試み
ルートAの方法も、結局は樹状細胞内で発現しなければ意味が無い(障壁が高い)のだから、それならタンパク抗原を投与して樹状細胞に貪食させて交差提示させた方が合理的である。当たり前の話であり、この古典的ルートが王道と思われる。以下の方法が研究中(文献)。

)細胞性免疫を誘導するアジュバンドと共にタンパク、または巨大ペプチドを投与する
樹状細胞がただ貪食しただけでは交差提示が起きずルートCしか起きない。そこで交差提示を誘起するアジュバンドが必要になる。臨床での有効性が2009年のNEJMに報告されており「治療用HPVワクチン」は既に実用段階である。。細胞性免疫誘起アジュバンドの研究は、最近、進歩が著しい。最も有力視されているのはC-GAMPで、動物実験では「インフルエンザの全ての系統に有効なユニバーサル・ワクチン」が完成している(文献)。おそらく、C-GAMP+E6,E7が本命と思われる。
)MHCクラスT結合性のあるペプチドを投与する
アジュバンド無しでも効率良く交差提示が起こる。但し、個々のMHCに応じてペプチドを変える必要があり高コストになる。
)樹状細胞を培養して交差提示するようにしてから移植する。またはAdoptive T-cell therapy
高コストであり一般化はしないだろうが、最も効率が高いので一つのオプションにはなるだろう。
効率良くCD8T細胞(CTL.キラー)を誘導しても、癌が免疫逃避をしていれば効率は落ちる。チェックポイント阻害剤の併用が重要という意見もある(文献)。

尚、HPVを培養生産する細胞系は無いため、不活化ワクチンや弱毒生ワクチンの量産はできない。そのため、そのようなワクチンの研究は無いが、HPVの不活化ワクチンの有効性は実験的に確認されている(文献)。