遺伝子治療の時代は来るか?

「ITの次はバイオテクノロジーの時代」とよくいわれます。はたして遺伝子治療の時代はくるのでしょうか?
実は私自身、「遺伝子治療ブーム」にはかなり思い入れがあります。
私が研修医だった年に(平成2年、まさにバブル景気のころ)米国で世界最初の遺伝子治療成功のニュースが飛び込んできました(アンダーソン博士によるアデノシンデアミナーゼ欠損のMLVウイルスによる遺伝子導入)。
「これからは遺伝子治療」と確信した私は研修終了後、平成3年から、東大医科研でウイルスベクターの研究に没頭しました。強力なガン抑制遺伝子を人工的にデザインし、ウイルスに組み込み、量産してこのウイルスを培養ガン細胞に感染させました。するとガン化が抑制されました。 しかし、マウスに人工的にガンをつくり、このガンをこのウイルスで治療するという実験には成功しませんでした。
研究生活期間中、世界を代表するウイルス学の権威の方々の本音を聞く機会がありました。「ウイルスを薬として使う(遺伝子治療)には解決すべき問題があまりにも多すぎる。本音は遺伝子治療にはあまり期待していない。しかし、治療を求める社会的要求が強いので研究対象にいれる」といった感じでした。実際、遺伝子治療に熱心なのはウイルスを専門としない臨床家ばかりでした。そのうちに米国で遺伝子治療での死亡例(アデノウイルス)が報告されたり、遺伝子治療の実施数が飛躍的に増えたにもかかわらず、成功例が少ないなどの実情がわっかてきました。その他にも様々な新しい「治療法」が(実験レベルで)報告されましたが、その後「バブル」のように消えていきました。私の遺伝子治療への熱意は急速に冷め、研究終了後は内視鏡を中心にひたすら臨床の修練に集中しました。

現在、私は研究の1線から身をひいて10年近くなりますので、最新の事情を熟知しているわけではないのですが、私が学んだことは、バイオテクノロジーの世界は外からみると華やかなのに、内情は問題山積みということが珍しくないということです。しかも、死にたくない、幸福になりたいという人間の欲望に直結していますのでバイオテクノロジーはIT以上に先走りしやすくバブルになりやすいといえます。

遺伝子治療の解説(大腸・COM)

TOP PAGE