<院長経歴>1989年に東大を卒業し日本の内視鏡開発の中心となった研究室(第一内科 下記)に入局しました。まず東大医科研で2年間、癌遺伝子の研究に専念しました(下記リスト、1〜2)。その後、大学の関連病院で大腸内視鏡に専念しながら8年間で臨床の発表を18回ほどおこないました(下記リスト4〜21)。その後、2001年に当院を開業しました。
論文・学会発表リスト
1、1994年  Analysis of AP-1 Function in Cellular Transformation Pathways JOURNAL OF VIROLOGY, June 1994, p. 3527-3535. Vol. 68, ,
以下のリスト(臨床系の国内外誌と学会発表)は発表が比較的容易なものですが、Journal of Virologyは国際的に権威のある分子生物学の科学誌です(因みに、東大で評価の対象になるのはこのJournal of Virologyだけです。)私が東大医科研で、癌遺伝子の研究をしていた時に、同じ医科研で中村 祐輔博士が米国の Vogelstein博士と大腸癌の原因遺伝子(APC)のクローニングを目指して熾烈な競争をされていました。その後、分子生物学により大腸癌の臨床は大きな変革を迎えます。この頃の分子生物学の研究経験が、現在の私の大腸ポリープの取り扱いの理念の元になっています。

、1994年 「レトロウイルスベクター(supFps.supJun)による癌の遺伝子治療の可能性の検討」 東大医学部学位論文  、1991年、「重症アルコール性肝炎」 肝臓学会地方会  、 1995年、「下痢を主訴にした直腸潰瘍」東京GUT CLUB  、1996年、 「食道静脈治療後の大量下血」 第63回内視鏡学会地方会、 、1996年、 「15番染色体に異常のあるCOWDEN病の一例」 第51回内視鏡学会 、1996年、 「大腸粘膜下腫瘍の検討」 第62回内視鏡学会地方会、 、1996年、 「大腸ポリペクトミーにおける予防的クリッピングの検討」 第52回内視鏡学会、 、 1996年、 「分類不能大腸炎と木村病」第242回消化器病学会関東支部会、 10、1997年、 「サイクロスポリンによる潰瘍性大腸炎の治療」 第53回内視鏡学会、11、 1997年、「Rectal Varix」   Prog.Dig.Endoscopy vol50 p130  12、1997年、「Cowden`s disease 」Journal of Gastoroenterology 1997;32 696 13、1997年、「治療に成功した大腸悪性リンパ腫(MLP)」 第54回内視鏡学会、1997 14、1997年、 「消化性潰瘍への遺伝子学的アプローチ」 カレントテラピー、1997 VOL12、NO10 15、1998年、 「予防的クリッピングの検討(続報)」 第56回内視鏡学会、1998 16、 1998年、「炎症性腸疾患の治療」Annual Revew 1998消化器 17、1998年、「慢性胃炎の治療」 南山堂 「治療」1998年増刊号 18、 1998年、「消化管運動改善薬」消化器内科1998年別冊「消化器治療薬」 19、1999年、「Cowden病の遺伝子解析」東京GUT CLUB 20、 1999年、「「大腸内視鏡ストレート挿入法の検討)」、第58回日本内視鏡学会 21、2000年、「大腸内視鏡ストレート挿入法の検討(続報)」、、第59回日本内視鏡学会

東大・第一内科について
世界最初の胃カメラは東大・第4外科の宇治先生と東大・第一内科の崎田先生により開発されました。そして東大・第一内科の丹羽先生により大腸カメラおよび高周波電流によるポリープ切除が開発されました。東大・第一内科の田坂先生・崎田先生により日本内視鏡学会が設立されました。内視鏡学会の理事長は初代(田坂)、2代(崎田)、3代(丹羽)と第一内科の私の先輩が歴任しました。その後、東大・第一内科の三木先生・一瀬先生・岡先生達により新しい胃癌検診「ABC検診」が開発されました。東大・第一内科の一瀬先生・山道先生達は「萎縮性胃炎の分子生物学的研究」で海外には例が無い独自の研究を進めています。また東大・第一内科の矢作先生・藤城先生により癌の内視鏡治療・ESDが開発されました。
私自身は医学の歴史に残るような業績は無いのですが、これらの先生たちと交流し「新しいことを開発する苦しみの過程」を知ることができたのは医師として貴重な財産であると考えています。


私が開業の地として本郷を選んだのは、本郷が「内視鏡(胃カメラ・大腸カメラ)の発祥の地」だからであり、「胃カメラと内視鏡診断を開発した崎田孝雄先生」と「大腸カメラとポリープ切除を開発した丹羽寛文先生」に大腸内視鏡の道を究めることを誓ったからです。