「内視鏡のゲーム化」で大腸癌との闘いに勝つ
始めに
将棋などの頭脳を使うゲームは老人の認知症予防に有益です。我々の脳は常に刺激(競争)を求めており、「ゲーム性」があると最大能力を発揮し活性化される訳です。進化で生まれた人類とは「競争の産物」なのですから、これは当然の話と言えますが、この傾向は受験というゲームに勝った医師では特に強く見られます。
高精度な内視鏡で大腸癌が予防できる・・・・・米国は成功したが、なぜ日本は失敗したのか?
2010年頃から欧米から「高精度な内視鏡を施行しポリープを切除すれば、その後の大腸癌(=内視鏡後・大腸癌、以後PCCRCと呼びます)の発生が減少する」という報告が相次ぎました(詳しく)。そして、遂には学会が「内視鏡検査後4年以内の大腸癌はポリープの見落としが原因である」と声明を出すに至りました。
では、なぜ内視鏡が盛んな日本で大腸癌が減らないのか?(下グラフ)。これは専門家も頭を抱えている謎です。医師と患者さんの信頼関係を重視する日本と異なり、合理主義の米国人は「数字」を重視します。この辺に「大腸癌との闘いに勝つ」ヒントがあるのかもしれません。これが今回のテーマです。
経験豊富で高い技術を持つ医師ほど見落としが多い、というパラドックス
平坦な病変(Ub、Uc)の発見には経験と技術が必要です。しかし、これは「必要条件」ですが「十分条件」でははありません。経験を積むほど病変認識能力は上がりますが、検査への熱意が無くなります(要するに、「マンネリ化」して飽きる訳です。⇒2020年文献「経験の少ない若い医師ほど精度が高い」)。これは人間では避けられません。
大腸内視鏡では「モニターに映る病変を認識する」という作業以上に、「腸の屈曲の裏側を時間をかけて念入りにスキャンする」という作業が重要で、これは「医師が根気よく努力する」しか無いのです(詳しく)。
名医にはPCCRCは些細な問題
これは業界内で有名な話ですが、ある高名な名医は一般人の検査は5分で終わらせますが、政治家などのVIPの検査には1〜2時間をかけるそうです。一般人にPCCRCが発生しても「De Novo癌(Polypを経ない癌)だ」と言い訳できるので高名な先生には些細な問題の訳です(現在De Novo説は国際的には否定されており、日本だけのガラパゴス理論です)。
どんな名医でも、5分の検査では見落としが頻発します。患者さんは「医師がどれだけ丁寧に検査をしたか」を重視すべきなのです。
AIで医師の集中力低下を補えば、PCCRCをゼロにできるか?
メーカーはそれを目標に開発を続けており、数十年後には実現するでしょう。しかし現状のAIにはPCCRC=ゼロに必要な能力は有りません。
内視鏡で癌を防止できなくても、癌を発見すれば良いのでは?という意見もありますが、最新の研究は、大腸癌の早期発見には期待された程の死亡減少効果が無いことを示唆しています(⇒2019年の記事)。
腺腫発見率(ADR)という代理マーカーによるゲーム化
合理主義の米国では、「経験と技術」という抽象的な指標ではなく、検査の精度を客観的に表す指標(代理マーカー)の研究が進みました。そして腺腫発見率(ADR)という「代理マーカー(ベンチマーク)」が提唱されました。
そして「ADRが高い検査ほどPCCRCが少ない」ことが報告(下図)されると、ADRは「医師の成績表」になり、世界中の内視鏡専門医がADRを競うようになりました。内視鏡が「ゲーム化」され、ADRを競う条件下に置くと経験の少ない医師でも高いADRを出すことも報告されました。当初は、これは好ましい傾向(マンネリ化防止)と考えられました・・・
人は必ず「ズル」をするので代理マーカーには限界がある
やがて医師達は、雑な検査でも見かけ上のADRを高くする「裏技(ズル)」を見つけました。代表的な裏技は「最初の1個の腺腫発見までは念入りに探し、1個、見つかれば後は手を抜く」という手法です。そこで「ADRではなく1回の検査で見つかる腺腫の総数(=Adenomas per Colonoscopy:APC)を重視すべき」という報告が出ました。残念ながら「計算が煩わしい」ため普及していませんが、「医師がどれだけ丁寧に検査をしたか」の指標が重要な訳です。
このような「丁寧度指標」はベテラン医師の場合のみ意義があります。初心者では炎症をポリープと誤認して切除したり、無駄に時間をロスしますので、この指標は有効ではありません。
そしてPCCRC- Rateという究極のマーカーへ・・・・
代理マーカーをベンチマークにすることの問題点が浮き彫りになり、直接「内視鏡後・大腸癌の発生率(PCCRC-Rate)をベンチマークにしよう」という意見が出てきました。これは以下の式で計算されます。
しかしPCCRC-Rateにも問題点があります。詳しくはこちらに記載していますが、最大の問題は過去に自施設で2度以上検査を受けた方のみを調査する点です。
PCCRCは過長・癒着で検査の難しい症例に起き易く、そのような患者さんは検査の苦痛から医師を変える事が多いです。すると腕の悪い医師は「リピーターが少ない」ため、見かけ上「PCCRCが表面化しない」という結果になります。
ここは「手前味噌の話」になりますが御容赦下さい。
他医療機関で診断されているPCCRCを、どのようにして追跡調査するか? これが最大の難問です。当院の補償システムは、他医療機関で見つかったPCCRCも補償対象にしており、この難問の唯一の現実的解決策と考えています。<調査法の問題について>
予想以上に多いポリープの不完全切除(最後の課題)
「ポリープの見落とし=ゼロ」なら「PCCRC=ゼロ」になるか?・・・・・・・NOです。次に「ポリープを完全に切除する」という課題があります。
ポリープ切除の偶発症(出血・穿孔)を避けたい医師は、どうしても「控えめな切除(病変の切除範囲を最小限とし余白マージンを確保しない)」を願望します。しかし、これは遺残・再発を起こし、PCCRCの大きな原因となります。安全指向の医師が「手抜き」をせず、完全に病変を切除しているか?これはADRや抜去時間のようにスコア化が難しく、よい判定法が無いというのが実情です(⇒2018年記事)。
この「最後の難問」の解決は、結局は「PCCRC-Rateをマーカーにする」という結論になります。これは不完全切除をすればPCCRCが発生するという単純明快な話からです。
世界で最も高級な米国の大腸内視鏡は正当か?
米国では大腸内視鏡の高精度化の研究が盛んで(2013年文献)、このような風潮は日本には無いものです。しかし米国の大腸内視鏡は世界で最も高額です(インドは100ドル、米国は4800ドル)。もっとも米国でも有色人種の公的保険による検査は雑と言われています(2017年文献)。
抜去時間を2倍にすれば精度が2倍(PCCRCのリスクは1/2)になります(詳しく)が、医師の人件費も2倍になります。「費用と精度」が比例しているなら、「適正」ですが、比例を逸脱しているなら「不当」です。米国の真似をすればいいということでもありませんが「適正な医療費」という意味で「内視鏡の品質の数値化」が重要な訳です。
<結語>
ゲーム化の促進には患者さんの協力が重要です。患者さんがSNS等で「腺腫発見率(ADR)」「抜去時間」「切除ポリープ数(APC)」「PCCRC-Rate」を話題にすれば医師の意識が変わるからです。賢い医師は「裏技」を見つけ、患者さんを騙すかもしれませんが、抽象的な美辞麗句よりは信用できます。