院長 鈴木雄久
1989年に東大を卒業し2年間の初期研修後、日本の内視鏡開発の中心となった研究室(第一内科 下記)に入局しました。まず東大医科研で2年間、癌遺伝子の研究に専念しました(下記リスト、1〜2)。現在では大腸ポリープの取り扱いに癌遺伝子の知識は極めて重要であり、この時の基礎研究の経験は非常に役立っていると実感しています。

その後、大学の関連病院で大腸内視鏡に専念しながら8年間で臨床の発表を18回ほどおこないました(下記リスト4〜21)
この8年間に症例数の多い専門病院で修練し約2万件ほどの大腸内視鏡経験を積み2001年に当院を開業しました。

開業後は年間・4000〜5000件のペースで症例数を蓄積しており、20017年には総数で8万件以上になります。これは、胃内視鏡を含まない大腸内視鏡だけの数字であり、群を抜くトップクラスの実績と自負しています。

私は若い医師を雇う事はせず、全ての患者さんの検査を私が担当することを「信条」にしています。「経験を積んだ者にしか見えない物がある」からです。
経歴・論文・著書(筆頭著者のもののみ)

1、1994年  Analysis of AP-1 Function in Cellular Transformation Pathways JOURNAL OF VIROLOGY, June 1994, p. 3527-3535. Vol. 68, , 

2、1994年 「レトロウイルスベクター(supFps.supJun)による癌の遺伝子治療の可能性の検討」 東大医学部学位論文

3、1991年、「重症アルコール性肝炎」 肝臓学会地方会

4、 1995年、「下痢を主訴にした直腸潰瘍」東京GUT CLUB

5、1996年、 「食道静脈治療後の大量下血」 第63回内視鏡学会地方会、

6、1996年、 「15番染色体に異常のあるCOWDEN病の一例」 第51回内視鏡学会 

7、1996年、 「大腸粘膜下腫瘍の検討」 第62回内視鏡学会地方会、

8、1996年、 「大腸ポリペクトミーにおける予防的クリッピングの検討」 第52回内視鏡学会、

9、 1996年、 「分類不能大腸炎と木村病」第242回消化器病学会関東支部会、

10、1997年、 「サイクロスポリンによる潰瘍性大腸炎の治療」 第53回内視鏡学会、

11、 1997年、 「下血と静脈瘤治療」Prg・DIG・ENDOSCOPY VOL50、p310、

12、1997年、「Cowden`s disease 」Journal of Gastoroenterology 1997;32 696

13、1997年、「治療に成功した大腸悪性リンパ腫(MLP)」 第54回内視鏡学会、1997

14、1997年、 「消化性潰瘍への遺伝子学的アプローチ」 カレントテラピー、1997 VOL12、NO10

15、1998年、 「予防的クリッピングの検討(続報)」 第56回内視鏡学会、1998

16、 1998年、「炎症性腸疾患の治療」Annual Revew 1998消化器

17、1998年、「慢性胃炎の治療」 南山堂 「治療」1998年増刊号

18、 1998年、「消化管運動改善薬」消化器内科1998年別冊「消化器治療薬」

19、1999年、「Cowden病の遺伝子解析」東京GUT CLUB

20、 1999年、「「大腸内視鏡ストレート挿入法の検討)」、第58回日本内視鏡学会

21、2000年、「大腸内視鏡ストレート挿入法の検討(続報)」、、第59回日本内視鏡学会


東大・第一内科について
世界最初の胃カメラは東大・第4外科の宇治先生と東大・第一内科の崎田先生により開発されました。そして第一内科の丹羽先生により大腸カメラおよび高周波電流によるポリープ切除が開発されました。第一内科の田坂先生・崎田先生により日本内視鏡学会が設立されました。その後、第一内科の三木先生・一瀬先生・岡先生達により新しい胃癌検診「ABC検診」が開発されました。また第一内科の矢作先生・藤城先生達により癌の内視鏡治療・ESDが開発されました。
私自身は医学の歴史に残るような業績は無いのですが、これらの先生たちと交流し「新しいことを開発する医学の苦しみの過程」を見ることができたのは医師として貴重な財産であると考えています。